財布が消えた
以下は小説です。30年以上前のこと縄文航空ではエンジンが三つで 326人乗りの、いわゆる広胴機( Wide Body Jet )を運航していましたが、広胴機とは簡単に言えば客室内に通路が二本ある飛行機のことです。その機体には電動式のコート・ハンガーが数箇所と普通のコート掛けのロッカーがありました。事件は電動のハンガーで起きました。スチュワー「デス」になって二年目の、姿 美子(すがた・よしこ)さんが、ある男性乗客から背広の上着を預かるように言われたので、コート・ハンガーに掛けて電動スイッチを入れて無事に格納し扉を閉めました。
羽田空港への着陸に備えて預かった背広を乗客に返したところ、その男性が内ポケットに入れておいた財布が無くなったと言い出したのでした。もしやと思いハンガー周辺や男性の座席のクッションの隙間などを探しましたが、財布はありませんでした。チーフ・パーサーを通じて機長に連絡があったので、空港への進入降下中の忙しい最中に社内無線で連絡し、対応を依頼しました。写真はクリックで拡大。
「デス」に預けた上着から財布が消えたというのでは会社の信用にも係わる事柄なので、事情聴取のために担当の 姿 美子(すがた・よしこ)「デス」の乗務を東京で打ち切り、代わりの「デス」を乗せることになりました。乗客が降機した後で機内を探しても、財布はみつかりませんでした。金野内蔵氏が客室に行くと 姿「デス」は目に涙を浮かべていましたが、「あんたが財布を盗ったなどと思う人は、クルーには誰もいないよ。調べれば直ぐに分かるから、心配しないでね」と言って慰めました。
縄文航空には警視庁の刑事から転職した警備担当の厳重 糺(いわしげ・ただす)氏がいたので、営業責任者の立ち会いの下で厳重(いわしげ)氏が財布が無くなった乗客に事情を聞くことになりました。後日厳重(いわしげ)氏から聞いた話によれば、顔を見たとたん直ぐに、この男性はおかしいと元刑事の感でピンときたそうです。その上住所、氏名、連絡先の電話番号を書くのを最初は渋りましたが、財布が発見された際の連絡先が必要だからといって、書いてもらいました。
本人によれば財布の中身は現金10万円と、クレジット・カードとのことでした。そこで紛失届を警察に出すように言うと、なぜか嫌がりました。届けを出さない以上、機内で紛失した証拠にはなりませんよというと、それでもいいからと言い出しました。すると今度は財布が無いことを理由に、横浜の家まで帰るタクシー代を要求しましたが、会社はきっぱりと断りました。交通機関が無くなる夜遅くならともかく、昼間にタクシー代を請求するとは男の魂胆が見え見えでした。
その男が書いた電話番号を別室で 104 の番号案内で確かめたところ、使われていない番号だったからでした。財布が無くなったというのは多分「ウソ」であり、それを種にして会社からカネを せびろうとした のに違いありません。紛失届けを出せば警察の記録に残り、場合によっては署名捺印欄にハンコの代わりに押す拇印(指紋)から身元が特定されるのを恐れたのかも知れません。それ以後縄文航空では「デス」がお客の背広の上着やコート類を預かる場合には、貴重品が入って無いことを相手に確認するように、マニュアルが改訂されました。
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