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2006年11月22日 (水)

行くと損する空港

B4cockpit1 民間航空機が雲や吹雪の中、暗闇でも安全に飛ぶ為には、計器を見て飛行機の姿勢や位置を判断して飛ぶ、計器飛行方式で飛行します。その際には天候の悪化により目的地に着陸できない場合に備えて、飛行計画には必ず代わりの空港(代替空港)を選定し、目的地からそこに行く分の燃料も積まなければなりません。 写真は B-747-400型機の コックピット、クリックで拡大。



Seatac ある冬のこと金野氏は北米 アラスカ州にある Off Line の アンカレージ 空港を経由して、メキシコとの国境に近い アリゾナ州南部にある ツーソン( Tucson )に飛びましたが、その際には アンカレージ に最も近い フェアバンクス 空港が、吹雪のために代替空港の選定条件を満たしませんでした。

そこで南南東に三時間の距離にある、 太平洋岸のワシントン州、 シアトル にある シータック( Sea-Tac、シアトル・タコマ)空港を代替空港に選んで出発しました。シアトルは例の イチロウが所属する マリナーズの本拠地があるところで、航空機 メーカーである ボーイング社の大きな組み立て工場があります。
成田から アンカレージまで約七時間、そこから シアトルまで三時間の合計十時間分の燃料を積んで出発しました。写真は シータック 空港の道路側から見た ターミナルビル。

その当時 ホンコンに行く場合には、すぐ近くの中国領土内に「広州空港」があるにもかかわらず、外国機はそこを代替空港に選ばずに、一時間かかる台湾の タイペイ(台北)か、南にある高雄、あるいは一時間半かかる マニラ を代替空港に選んでいました。なぜでしょうか?。それには理由がありました。

あるとき ホンコンの天候が悪化し着陸できない状態が続いた際に、殆どの飛行機は着陸を諦めて前述した台北、高雄、マニラなどの代替空港に向かいました。しかし、ホンコンを主基地とするキャセイ航空のある機長が、従来からのタブーを破り広州空港に向かい、十五分後に無事に着陸しました。

しかしそれからが大変でした。飛行場の片隅に駐機させられたままで、誰も車で連絡に来る者もなく放置されたままでした。管制塔との交信で燃料補給を依頼したところ、空港従業員の食事時間だから終了するまで待てといわれたきりで、地上の サービスは全く受けられませんでした。当時の中国では11時半になると昼食の休みが始まり、規則の上では一時間の休みでしたが、皆で休めば怖くないので、二時間休むのが共産主義社会の労働者にとっては当たり前でした。

キャセイの飛行機は昼休み終了まで二時間も待たされ、その後も燃料搭載の手配や代金の支払方法のことで モメ て、結局着陸してから四時間後にようやく ホンコンに向けて離陸できました。「タブー」を破るとどうなるのか、それを身をもって体験しようとした パイロット のせいで、昼食時間を挟んで四時間もの間 空腹を抱え水一杯も飲めなかった乗客たちは、機内でぐったりしていたそうです。

Hongkong 一方高雄に向かった他機の パイロットは、着陸後 燃料や飲料水、飲み物、軽食の補給をスムースに受けて、天候が回復した ホンコンに、三時間後に戻ることができましたが、メデタシ、メデタシ。

ここで得た教訓とは、「誰もがやらないことを敢えてすると、困難な事態に直面する」。ということでした。代替空港の広州に行ったパイロットの体験は、ホンコン線を運航する航空会社の間で国際的に有名になりました。写真はホンコン島北側の高層ビル群で、対岸は九龍半島。

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