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2007年1月 3日 (水)

昔のお正月

新年おめでとうございます。暗いニュースが多かった去年とは異なり、今年は安倍総理のモットーとする 「美しい国、日本」 に、ぜひなって欲しいものです。

F_shihohai ところで私が小学生の頃は、全国の小学校で一月一日は登校日でした。当時の文部省、国民学校(小学校のこと)令、施行規則第十四条によると、四方拝、紀元節、明治節、天長節を式日と定めて、四大節( しだいせつ )と呼びました。写真は平安時代から続く四方拝の様子で、クリックで拡大。

四方拝とは、一月一日に宮中でおこなわれる天皇家の祭儀、
紀元節( 国民の日から、後に建国記念の日に変更 )は、二月十一日、
明治節( 現、文化の日 )は、明治天皇の誕生日の十一月三日、
天長節( みどりの日から、後に昭和の日に変更 )は、当時の天皇( 後の昭和天皇 )の誕生日の四月二十九日でした。

どのような方法で式をするのかは、同じく第四十七条に定められていて、
紀元節、天長節、明治節及一月一日ニ於テハ、職員及児童学校ニ参集シテ以下ノ式ヲ行フベシ。

職員及児童「君ガ代」ヲ合唱ス。

職員及児童ハ天皇陛下、皇后陛下ノ御影( 御真影、ごしんえい、写真のこと )ニ対シ奉リ、最敬礼ヲ行フ。

学校長ハ教育ニ関スル勅語( 教育勅語 )ヲ奉読ス。

学校長ハ教育ニ関スル勅語ニ基キ聖旨( せいし、天皇の考え )ノ在ル所ヲ誨告( かいこく、教え告げる )ス。

職員及児童ハ、其ノ祝日ニ相当スル唱歌ヲ合唱ス。

とあり、正月の式典では「一月一日」の歌を歌いました。

年のはじめの、ためしとて、終りなき世のめでたさを、
松竹(まつたけ)たてて、門ごとに、いわふ(祝う)今日こそ
たのしけれ。(以下略)

Kouhakum 式の当日には児童も先生も晴れ着を着て登校し、校長先生が朗読する教育勅語を聞き、式歌を歌い、終了後は教室で先生から紅白のまんじゅう、あるいは菊の模様の落雁を貰い喜んで下校したものですが、太平洋戦争開始後は菓子は貰えなくなりました。

Hanetuki 子供達にとって正月になると久しぶりにお雑煮や、正月料理のご馳走を食べ、お年玉を貰えるので楽しみでした。それに昔の年齢の数え方では、お正月が来ると数え年が一才増えるので、学校にあがる前の小さい頃は、お正月が来て年齢が増えるのを、童謡にある「もういくつ寝るとお正月---」のように心待ちにしていました。

正月の遊びとしては女子は羽根突き、男の子はたこ揚げで、その他にかるた取り、福合わせ、双六などをして遊びました。

Haregi 最近では晴れ着と普段着の区別が薄れ、お正月だからといって晴れ着を着る人は殆どなく、男も女も普段着で初詣をしていました。ちなみに英語では晴れ着のことを Sunday Clothes (  Best ) といいますが、日曜日に教会のミサに行く際に最上の服を着た習慣から、そのように名付けられたのだそうです。

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コメント

初めて知りました。
確かに「祝う日」という意味ではそんな行事があるのが正しいのでしょうね。
「休みの日」に変換している今では面倒な気分になりますが。

付け加えますと皇后( のちの香淳皇后 )の誕生日は三月六日でしたが、その日を地久節( ちきゅうせつ )と呼びましたが、国民の祝日ではありませんでした。今なら男女差別と言われそうです。

明治天皇、昭和天皇の間には大正天皇がいましたが、その誕生日はなぜか祝日ではありませんでした。子供の頃に聞いた話によれば、大正天皇は[ 心身 ]が弱く政務に耐えられないため、長男の昭和天皇が満二十才になると、直ぐに摂政に就任したからだそうです。

おめでとうございます
国民学校へ入学した年の夏に終戦になりました。翌年の正月に登校したかどうかは思い出せませんが、校長がモーニングコートに白手袋で、奉安殿から恭しく御真影を取り出したり、一連の儀式の記憶はあります。
祝日に相当する唱歌は、むしろ替え歌のほうを良く歌ったみたいです。
11月3日生まれの末の弟の名前は明男です。
大正天皇のお話は、兄たちから良く聞きました、真偽のほどは分かりませんが・・・。

Sakanoue さま

本年も宜しくお願いいたします。
ところで大正天皇の[ 奇行 ] については、皇国民教育の盛んな戦時中にも、庶民の間でささやかれており、子供達も知っていました。

図画の時間に先生から返された画用紙を、休み時間には丸めて筒状にして望遠鏡代わりに眼に当てて、[ 大正天皇ゴッコ ] をしたことを覚えています。

替え歌の件は、ペリーの黒船が浦賀に来た翌年の嘉永七年(1854年)六月十四日に、尾張国( 名古屋地方 )で起きた大地震から、「まつたけひっくり返って大騒ぎ----」だと思いますが。

望遠鏡も替え歌も、まさに仰せの通りでした。聞いたのは主に昭和3年生まれの兄貴からです。

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