嫌な乗客、パート5
航空会社は水商売であると六月のブログに書きましたが、水商売にとって嫌な客は政治屋(家?)、芸能人、スポーツ選手などです。これらはいずれも日頃から他人にちやほやされる クセ が付いているために、機内でもあたかも特権を持つかの如くに振舞ったり、横柄な態度をする連中が多いからです。本人だけでなくその配偶者まで、そのように振る舞う者がいました。
去年の暮れに縄文航空の金野内蔵氏と、親友である鶴丸航空の 機長 O B でした荒俣(あらまた)落太氏などと六人で忘年会をしましたが、昔話をする中で ある乗客のことが話題になりました。
その女性とは某野球監督の妻で平成 13年に数億円の脱税容疑でお縄になり、懲役 2年、執行猶予 4年、罰金 2,100万円を頂戴した女性でした。それまでは テレビ などで下品な顔をよく出していたので、ご記憶の方も多いかとも思います。写真は警察の家宅捜索を受けた時の 「Sチー」の家、クリックで拡大。
その出来事は荒俣(あらまた)氏が鶴丸航空の成田発のニューヨーク線を飛んだ時のことでした。ファースト・クラスの ディナー が終了し 機内で映画が始まりましたが、「 S チー」は 座席を大きく リクライニングさせた為に、前に座っていた人の頭で映画が見え難くなくなりました。すると スチュワー「デス」を呼びつけてこう言いました。前の頭が邪魔だからさー、あんたなんとかしなさいよ。
自分が座席の リクライニングの角度を調節すれば済むことなのに、「Sチー」はそれをせずに 「デス」に解決を命じたのでした。前の座席にいた温厚な紳士が 「デス」の苦境を察して、映画が済むまで、ファースト・クラスの空いた座席に移動してくれたのだそうです。「Sチー」は、その行為を至極当然のこととしました。
ところで昭和40年代のこと、羽田空港 ビルの整備以前のため、飛行機に乗り降りするための乗客用の ボーディング・ブリッジ が無く、業界用語で「沖取り」と呼ばれるターミナル前の広い駐機場に止めた飛行機に、ターミナル・ゲートから、徒歩やバスで乗客を輸送する方法をとっていました。
あるとき某大臣の一行が九州に行くために、縄文航空の定期便に乗ってきましたが、大臣は V I P ですから会社もそれなりの接遇をして、ゲートから飛行機まで乗客輸送用の一般のバスではなく、豪華な マイクロバスに大臣一行を乗せて乗客の最後から搭乗してもらいました。
その中に九州出身の A という陣笠代議士( ヒラ の国会議員)がいましたが、帰りは大臣と一緒の飛行機ではなく、数日遅れて羽田に帰りました。
陣笠代議士が乗った帰りの便が羽田に到着し沖取りの位置に駐機すると、彼は V I P 待遇を要求し、「一般の バスではなく、往路と同じように専用の マイクロバスを用意しろ」と「デス」に要求しました。
ところで陣笠とは、写真に写る最下級の兵士である足軽(あしがる)が、 「カブト」 の代わりに被る笠のことですが、そこから 政党の幹部に追従する連中のことを、陣笠と言うようになりました。
金野氏が無線で会社に連絡したところ、陣笠代議士は V I P に該当しないので出せないとの答でした。それを 「デス」経由で伝えると陣笠は ヘソ を曲げて、 「マイクロバスが来るまで、俺は飛行機から降りないぞ」と宣言しました。
金野氏も 「デス」も シップ・チェンジ (別の飛行機に乗り換える)をして、札幌行きの最終便に乗務のため降機することになりましたが、この機体は今日はもう使用しないため、交代の クルーは搭乗せず、整備士には陣笠代議士についての事情を説明して、別の飛行機に向かいました。
後日聞いた話によれば 「デス」も乗員もいなくなり、整備士が 「今から飛行機を牽引して夜間駐機場に移動するため、客室の照明を切る」 旨を伝えたところ、さすがの陣笠も諦めて飛行機から降りることにしました。そこで整備士が整備作業用の汚い車で、陣笠を ゲートまで乗せて行ったそうです。
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コメント
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業務出張で徳島に出かけた帰りのANA機。出発時刻を過ぎてもドアを閉めない。地上係員が乗務員に何かヒソヒソと話しかけている。
遅れている誰かを待っているのだろう、どんなVIPだろうかと推測していたら、現れたのが当時の社会党委員長、石橋政嗣氏。数名の同行者がいたが、誰も迷惑を掛けていたとは気が付かないようで謝罪の言葉などなく、ごく当たり前のように通路を歩いて着席した。
実に傲慢不遜な態度でした。今から30年余り前のことでした。
投稿: Jess | 2014年8月27日 (水) 13時25分