嫌な乗客、最終回
[密航者]
15年以上前のことですが、成田から モスクワ経由 ロンドン行きの縄文航空のジャンボ機が、ロンドン・ヒースロー空港に到着したところ、専門用語で ホイール・ウエル( Wheel well 、well とは井戸のようなアナの意味 )と呼ぶ、飛行中に主車輪を格納する胴体下部にあるスペース内に、男の死体があるのが発見されました。モスクワからロンドンに密航しようとしてホイール・ウエル( 主車輪格納スペース )内に隠れていて、寒さと酸素の欠乏から死亡したのでした。写真はクリックで拡大。
ある時テレビで「 衝撃映像 」の番組を見ていると、離陸した飛行機から人が滑走路上に落下する映像がありましたが、離陸後に車輪を上げる際にホイール・ウエル内に潜り込んでいた密航者が、落ちたものでした。
ホイール・ウエルに隠れて密出国する手口はよくあることで、平成15年(2003年)3月19日にも ホンコンから成田へ到着した、縄文航空の910便の左側の ホイール・ウエル内から、男性の遺体が発見されました。
今年に入ってからも1月30日に ロンドンから ロサンゼルスに到着した英国航空の、今回は前輪の ホイール・ウエル内に男性の遺体が発見されましたが、身分証明書から南 アフリカ共和国の国籍を持つ若者で、寄港地の ケープタウンか ホンコンで潜り込んだものに違いありません。
冬になると北極圏から 極 ジェット( Polar Jet )気流が南下するため、その中では気温が マイナス65度以下にまで下がります。しかも酸素の分圧が地上の三分の一しかない空間なので、前述のように密航者は到底生きてはいられません。しかし中には幸運に恵まれ、強靱な生命力を持つ人がいました。
平成10年(1998年)7月29日のこと、上海から成田に到着した ノースウエスト航空の ジャンボ機のホイール・ウエル内に、男がいるのを整備士が発見しましたが、驚いたことに彼はかなり衰弱していましたが 生きていて、両足に凍傷を負っていました。
その男は中国人の汪明山と名乗る男で、密入国容疑で逮捕されましたが、密航時の服装は上は Tシャツに、ズボンに スニーカーという軽装で、所持品は シャツの中で抱きかかえた古い聖書一冊だけでした。
汪容疑者による密航時の体験談は以下の通りでした。飛行機が離陸を開始すると ホイルー・ウエルの中で振り落とされないように、手近にあった パイプのようなものをしっかりつかんだが、ものすごい風圧だった。離陸して車輪が引き上げられると、フタが閉まって中は真っ暗になった。だんだん寒くなり、手で体をさすったりした。着陸間際に上空でホイール・ウエルのフタが開いたが、落ちないように必死でへばりついていた。着陸の時はものすごい音がした。やっと着いたと思って隠れていたら、整備士に懐中電灯で照らされ発見されてしまった。
汪被告が生還できた理由として、
1:夏期であり、上空の ジェット気流が北上して気温が マイナス30度前後とかなり高かったこと。
2:上海から成田まで飛行時間三時間のうち、高度一万 メートル付近での水平巡航時間が二時間程度と短かったこと。
3:離陸時の摩擦で温まった タイヤの熱により、ホイール・ウエル内の温度を上げたために体温が保てたこと。
注:)車輪の安全装置
飛行機が地上滑走すると タイヤの空気が圧縮膨張を繰り返すため発熱し、更に ブレーキを使用すると ディスク・ブレーキが発熱して タイヤも加熱されます。車輪には温度計のセンサーがあり、ホイール・ウエルには火災報知器のセンサーも装備されていて、操縦室でブレーキ温度や火災の発生を知ることができます。
タイヤが高温に加熱されると破裂の危険があるため、約250度~300度の熱により溶解する温度 ヒューズが タイヤに付いていて、いざという場合には空気が自然に抜けて、熱による タイヤの破裂( 爆発 )を防ぎます。
「嫌な乗客」 はこの回にて終了しますが、次回からは週に一度、思いつくままに題材を選ぶことにします。
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コメント
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いま、高知空港のANA機の映像見ました。
金野氏はなにかトラブルの経験があるのでしょうか?
投稿: Y.S | 2007年3月13日 (火) 11時29分
金野氏から聞いたところによると、三十六年間のパイロット生活でエンジン故障、火災のため、空中でエンジンを止めて飛行したことが三回あったそうです。
全日空がボンバルデイア社の、20年前に小会社の合併によりできた航空機製造部門から、 DHCー8という 「 外れ 」 の飛行機を購入したのが事故多発の原因です。設計そのものに欠陥がある機体は、いくら修理してもムダなことで、トラブルは今後も多発するでしょう。
機首車輪が出ない胴体着陸は、一般の人が考えるほど危険ではありません。金野氏によれば、接地の際に火花が出ても、これまで飛行機が火災になった例は、一件もなかったそうです。
その理由は燃料 タンクも燃料の パイプ・ラインも、機首の附近には無いからです。まして今回の機体のように高翼機の場合には、たとえ主車輪が出ていなくても、火災の危険は殆ど無いそうです。 ブログの題材になりそうだと言っていました。
投稿: Y.O | 2007年3月13日 (火) 12時58分
カナダ製の航空機といえば、むかしは、デ・ハビランド・ビーバーとかオッターが日本の新聞社などで使われていたように記憶しますが、あの系統の会社でしょうか・・
投稿: Y.S | 2007年3月13日 (火) 18時05分
そのとおりです。D H C はデ・ハビランド・カナダの略でしたから。もともと使用事業の飛行機や ビジネス・ジェット などの航空機 メーカーでして、定期航空用の飛行機を作る ガラ では無いと思いますが。
飛行機の使用頻度、着陸回数が 桁違いに多い定期航空用の機体は、それなりの酷使に耐える構造が必要です。
かつての D C-7、ロッキード・エレクトラ、コンベアー880 のように、
「外れ 」 の機体だと思います。これで縄文航空も、株価が下がる事でしょう。
投稿: Y.O | 2007年3月13日 (火) 19時15分