« 銭湯の番台と「デス」管 | トップページ | 国による習慣、制度の違い »

2007年5月 9日 (水)

金属疲労の恐ろしさ

Commet 大阪吹田市にあるエキスポランドの ジェットコースターの死傷事故は、車軸の金属疲労に原因を求める説がありますが、航空界でもその昔、金属疲労が原因で大事故が連続しました。

英国の デ・ハビランド社が製造し、昭和24年(1949年)に初飛行した、世界初の ジェット旅客機である コメットは、当時の英国海外航空 (B O A C)が国の威信の象徴として、意気揚々と運航していました。ところがその後、飛行中に原因不明の墜落事故が

1:昭和28年(1953年)5月
2:昭和29年(1954年)1月
3:昭和29年(1954年)4月

と三件も連続して起きてしまい、英国の威信は大きく傷付きました。

Watert 英国政府は調査団を発足させ コメットの機体を水槽に沈めて、飛行中に加えられる五年分の ストレス ( Stress、応力) に相当する、胴体の加圧、減圧実験をおこなったところ、最も弱い窓枠に亀裂が発生し、急速に拡大する現象が起きました。事故原因は胴体部分の設計強度の不足により、与圧、減圧が繰り返された結果、窓枠に金属疲労が生じて破壊されたのでした。写真は水槽実験の様子。

ジェット旅客機が飛ぶ 一万メートルの高空では、気圧が地上の三分の一程度になりますが、乗客の高山病( 低酸素症 ) を防ぐために、客室内部を地上の気圧に近い 0.8 気圧程度に与圧します。機体は高空では低い気圧との差によって、胴体が膨張し、地上に降下する際には、逆に地上付近の高い気圧によって圧縮する力が加えられます。つまり機体は常に膨張、圧縮により変形する、 「繰り返し応力」 を受けています。

Alohab 昭和 63年(1988年)に ハワイの マウイ島上空を飛行中の、アロハ航空の ボーイング737型機の屋根が吹き飛び、座席 ベルトをしていなかった スチュワーデス 1名が、空中に吸い出される事故がありました。

ジェット旅客機の経済設計寿命 ( 耐用年数ではなく、整備 コストの大幅な増加をせずに飛べる期間 ) は一般に 二十年といわれていて、離着陸回数の目安としては約 6万回です。アロハ航空の機体は製造後十九年でしたが、離着陸回数は 8万9千回を超えていました。

飛行距離の短い ハワイの島々を専門に飛び回り、その中には飛行時間が僅か 十四分というのもありました。私も十四分のコースに乗ったことがありますが、極めて短い フライトでも、スチュワー「デス」が飲み物を サービスをするのには驚きました。座席に座ると地上にいる間に飲み物を配り始め、紙 コップの回収は着陸直前に 「デス」が大きな ゴミ 袋を持って早足で通路を歩き、乗客がそこに コップを投げ入れました。

飛行機が気流の悪い所を飛ぶと、主翼が上下に 「羽ばたく」 のを見ることができますが、多量の燃料を主翼内の タンクに積み機体が重い長距離 の フライトでは、それを空中で支える翼は大きく上方に 「たわみ」、飛行中に燃料を消費するにつれて機体が軽くなると、翼の 「たわみ」 も少なくなります。翼端におけるその差は 1 メートル以上にもなるので、長距離を飛ぶ際には客室の窓から、翼端の水平線との見え具合の変化に気が付きます。

Window2 コメット の事故経験から、機体の開口部 (窓や出入り口の ドア ) の四隅は直角にするのではなく、丸みを持たせることにより、応力 (ストレス、Stress ) の集中を避け、分散させる方法が、広く航空機 メーカーで採用されるようになりました。写真にある窓の四隅のまるみに注目。

デ・ハビランド社は事故により一時 コメット の耐空証明(安全に飛行できる機体であることの証明書)が取り消されたこともあって、経営が悪化し昭和34年(1959年)に他社に合併されました。

金属疲労は飛行機の胴体や屋根だけに限らず、主翼や車輪など、力 (応力)が掛かる場所であれば、どこでも発生するので注意が必要です。

« 銭湯の番台と「デス」管 | トップページ | 国による習慣、制度の違い »

コメント

少年航空ファンでしたので、コメットの事故はよく覚えていて、とてもショッキングで残念でした。
なお、mixiのマイミクさんに教えてもらった↓
http://mito.cool.ne.jp/detestation/123.html
以前、金野さんに見せていただいたように思いますが、内容が少し違いますか?
HPだったでしょうか、忘れてしまいましたが。

H P 、海自同期会の掲示板、ブログと、無い知恵をふり絞って老化した脳ミソを使い書いたので、内容がダブッテいるのではと思い、ブログを調べてみました。しかしダブリは見当たらないので、以前に田村麻呂どの宛てに、メールに書いた内容と思われます。

なお J A L の御巣鷹山事故の際に御遺族さま係りになり苦労した、元ナビゲーターから航空機関士になった男も、脳梗塞を患い車椅子の生活をしています。

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 金属疲労の恐ろしさ:

« 銭湯の番台と「デス」管 | トップページ | 国による習慣、制度の違い »