キャットに、ご用心
KLM オランダ航空のアムステルダム発関西空港行きの ボーイング 777型機が、ロシア第二の都市、サンクト・ペテルブルク上空の高度一万メートルで晴天乱気流の遭遇し、乗客、乗員十二名が軽傷を負い、八時間半後に関空に到着しました。
「シートベルトを締めて下さい」とのアナウンスがあった後だったそうですが、乗客の負傷者が少なくてなによりでした。乱気流の原因が ジェット気流の乱れ(晴天乱気流)によるものか、雷雲などによるものかは、現時点では不明です。写真は KLM の同型機。
元 パイロットの立場から言えば、時速 100 キロ前後で走行する自動車に座席 ベルトの常時着用を道交法で義務付けておきながら、その八倍以上のスピード、ジェット気流の追い風に乗って飛行する時には、十倍(時速 1,000 キロ)以上もの スピードで飛行する旅客機の乗客に、トイレに行く時以外は座席 ベルトの常時着用を航空法で義務付けない理由が理解できません。ちなみに操縦席の パイロットは安全上の理由から、長距離飛行の場合でも常時座席 ベルトをしたままです。
離陸後に ベルト着用 (英語では fasten seat belts ) の サインが消えると、乗客の殆どは 「座席 ベルトを外せ」 とでも命じられた如くに一斉に ベルトを外しますが、これは間違いです。英語の辞書を引いてみて下さい。古期英語の 「 Fast 」 には 「 固い 」 とか 「 しっかりした 」の意味があり、「 Fasten 」 には 「 しっかり締めろ 」 の意味があります。
座席 ベルト着用の ライトが消灯したことは、座席 ベルトを外せではなく、「緩めても良い 」という意味に理解すべきなので、そのように スチュワーデスも アナウンスします。国内線の飛行機で最後部近くの座席に乗ると、時々 便乗 ( Dead Head 、死んだ頭数、乗組員の編成外 )で、次の乗務のため、または乗務終了後に客席で移動する パイロットや スチュワーデス を目にしますが、彼ら / 彼女らは客席で眠る時でも決して座席 ベルトを外さずに緩めるだけです。肉眼では見えない 晴天乱気流や、予想されない突然の乱気流などの空の危険性を、十分に知っているからです。
一般に言えることは、旅慣れた乗客ほど 座席 ベルトを常時外さず、空の旅の初心者ほど ベルト着用 サインが消灯すると、すぐに ベルトを外します。着陸後も座席 ベルトサインの点灯中にもかかわらず、直ぐに座席 ベルトを外す人がいますが、地上滑走中に管制塔からの指示を聞き違えた他機との衝突回避のため、急 ブレーキを踏むなどの危険があることを知れば、座席 ベルトは ゲートに入って停止してから外すべきことが分かります。
平成2年から平成16年までの間に、国内で発生した大型旅客機の死傷事故 31件中、22件が乱気流によるものでした。乱気流には雷雲、台風などのように、肉眼や気象 レーダーで存在を遠くから確認できるものと、晴天乱気流 ( キャット、CAT Clear Air Turbulence ) のように目には見えないものがあります。CAT は避けることができないのでしょうか?。
その答は 「現段階では、できません」。パイロットとしては刻々と変化する ジェット気流の風向風速の示度や外気温度を計器から読み取り、川の流れのようなジェット気流の変化を知るだけで、晴天乱気流を発見する計器や レーダーなどは無いからです。絵図はジェット気流の垂直断面図で、左側の数字はフィート単位の高度、右側の数字はマイナス温度で単位は摂氏、楕円はジェット気流の等速線、中心に近くなるほど速度が大。
飛行計画を立てる際に パイロットは ジェット気流の位置がよく分かる 300 Hpa (ヘクトパスカル=ミリバール、 高度一万メートル ) の高層天気図を参考にします。CAT は前掲した ジェット気流の 垂直断面図で中心 ( Core、最速部) の下部附近で発生しやすいものの、CAT 自身の存在や影響が数分からせいぜい 10分程度と短く、前を飛ぶ ジェット機が CAT に遭遇しても、同じ コースを同じ高度で 十分後に飛行した ジェット機には、何事もなかった例がしばしばありました。
冬になると気象庁は CAT (晴天乱気流)の危険空域を毎日のように発表しますが、日本列島がすっぽり入る範囲になります。パイロットの立場からすれば CAT (晴天乱気流)の危険空域を発表してもそれが当たることがなく、 おおかみ少年 に過ぎず、気象庁の責任逃れ以外の何ものでもありません。CAT の予報が出た為に民間航空機がそれを理由に欠航したり、その空域の飛行を中止した例など、私が知る限り、三十年以上もの間にただの一度もありませんでした。
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コメント
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さっそく記事にしていただき、有難うございました。
よくわかりました。
それにしても、「関空近くの上空で」などの報道もあったようで、われわれが、日ごろ如何にいい加減な情報に踊らされているのか、ということもわかりました。
投稿: Y.S | 2007年6月 1日 (金) 11時22分
よく理解できました。
私もほとんどベルトは外さないです。トイレに行く時は仕方ないですが、寝るときはギリギリまで締めておくようにしています。(そんなに遠くへは飛んで行きませんけれども)
で、機長がオランダへ引き返さなかった理由が経済的な問題だけでなく、ロシアに下りても仕方ないと思ったのか?数時間飛んでも他の乗客のために目的地到着が良いとしたのか?判断が違うとは思いませんけれども、どのようにお感じでしょうか?
投稿: あすか | 2007年6月 1日 (金) 16時14分
基本的には機長が最終判断をするわけですが、それ以前に機内に乗り合わせて負傷者の手当をした医師や、客室乗務員から負傷者の状態を聞き、それを基に アムステルダムの スキポール空港にある KLM の運航本部と、情報のやり取りをしたと思います。
機内には軽傷者のみで重傷者がいなかったことが、飛行を継続した判断の根拠になったと推察します。
もし骨折などの重傷者がいたならば、直ちに Turn back して、出発地の スキポール空港に 二時間前後で着陸したことでしょう。上空通過機が共産主義国の空港へ着陸するのは、おそらく緊急事態発生の時くらいだと思います。
投稿: Y.O. | 2007年6月 1日 (金) 17時48分
やはり、最寄に着陸するという選択は取りにくく、重傷がいないのなら飛行継続で妥当な判断だったということですね。
怪我した乗客にとっては大変であっても、全体の幸福で言えば関西空港に到着するほうがよいですもんね。ほぼ定刻でついたのでしょうし。
投稿: あすか | 2007年6月 2日 (土) 11時21分
共産主義国では、自由主義諸国と同じ対応が期待できないことを考えなければなりません。最寄りの空港に臨時着陸しても現地に自社の空港支所や、地上支援について代理契約を結ぶ航空会社が無ければ、国際空港で通用する シェルの燃料カード による給油を拒否され、 米ドルの現金による「前払い」を要求された前例がありました。
負傷者の手当、入院、さらに医療についても疑問が残ります。かつてソ連に転勤し駐在したサラリーマンは、三十本程度の使い捨て注射器を持参するのが常識でしたが、病院では何度も使用した注射器での注射が、日常的におこなわれたからでした。
重傷患者があれば選択の余地は無かったでしょうが、燃料補給、負傷者のビザ無し入国 、などの手続きによる長時間の出発遅れの事態を予想すれば、なるべく臨時着陸したくなかった機長の気持ちは理解できます。
投稿: Y.O. | 2007年6月 2日 (土) 14時30分
また、穂高でヘリ墜落。。
へりの事故が続いているように思いますが・・・
投稿: Y.S | 2007年6月 4日 (月) 10時30分
高度三千メートル近い地点において、650 キロの重量物を吊り上げるという ヘリ の性能上から余裕の少ない時に、突風にあおられたようです。
残念ながら ヘリ の操縦経験が無いので、コメントは差し控えさせていただきます。
投稿: Y.O. | 2007年6月 4日 (月) 13時39分