注意力は散漫に限る
スチュワーデス になるためには頭よりも顔の造作、パイロット になるためには頭よりも丈夫な身体が必要であることを前回述べましたが、その他に注意力の問題があります。
勉強や仕事に対して一心不乱に、あるいは脇目もふらずに取り組むという表現がありますが、普通であれば一見好ましい性格のように思えても、こと飛行機の操縦に関していえば、そういう 傾向 ( クセ ) は マイナス であり、矯正できない人は パイロット としては致命的な欠点を持つ為に、真っ先に エリミネート ( Eliminate 、淘汰 ) の対象にされます。
飛行機の計器板には、姿勢を示す計器、高度計、速度計、昇降計、エンジン計器、など多数の計器がありますが、有視界飛行では パイロット は注意力の八割を外部の見張りに当て、二割は飛行計器、エンジン計器に注意を払います。
計器飛行状態 ( 雲中飛行、夜間 ) では計器だけを見て飛行機の姿勢、高度、速度を保ちますが、ここで一つの計器、たとえば高度計だけしか見なければ、飛行機の姿勢が乱れ、写真のような危険な状態になりかねません。あるいは速度が落ちても エンジンの パワーを増やさなければ、機体が失速し墜落する危険もあります。
写真の計器板で黄色線で囲んであるのは姿勢指示器 ( Attitude gyro indicator ) ですが、機体が 90 度 左に傾いた状態を示しています。軍用機とは異なり、民間旅客機では通常 30 度以上の傾斜角を取ることはありません。
人間は緊張すればするほど視野が狭くなり、普段は見えるはずの計器も大事な時に見えなくなります。つまり注意力の一点集中の クセ ( 傾向 ) がある人は、 マキ ( 薪 ) の頭だけを見て斧を振り下ろす マキ 割りの仕事には向いていても、注意力の分散が常時必要な飛行機の操縦には向かないということです。
パイロット 訓練生に対する指導の多くは、計器の クロス・チェック ( Cross Check ) 別の言葉では計器の スキャン( Scan )に向けられ、クロス・チェック が足りない、もっと計器を チェック しろという言葉になります。エンジン火災などの緊急事態の訓練になれば、安全に飛行しながらの消火操作、当該 エンジン の停止操作などで、注意力のさらなる配分、つまり計器のより頻繁なチェックが要求されます。
一つの計器から情報を読み取るのには、計器を 三秒 間見つめるだけで十分だといわれていますが、一分間に 二十回 飛行計器からの情報を読み取ることにより、飛行機を安全に飛ぶことができるのです。
道路交通法の改正により車を運転中に携帯電話を使うと罰せられますが、飛行機を運航する場合には、ゲートにいる出発前から、そして離陸後も、管制塔と頻繁に交信し指示を受けなければ、航空交通管制の制度そのものが成り立ちません。計器板の計器ばかりに気を取られていると耳がおろそかになり、地上の忙しい進入管制所からの管制交信の呼び出しも聞き漏らすことになり、業務に支障がでます。
パイロット は注意力散漫に限るのは、以上の理由からです。
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