濡れた滑走路
ブラジルの サンパウロ発7月17日の ロイター電によれば
7月17日午後6時50分(日本時間18日午前6寺50分)ごろ、サンパウロ中心部の コンゴニャス空港で、乗客・乗員176人を乗せた サンパウロ行きの TAM 航空の エアバスA320型機が着陸に失敗し、機体は滑走路を オーバーランして、左方向に大きくそれて空港脇の一般道を突っ切り、空港外の建物に激突して炎上した。死者は200人近くに達する模様、事故当時、現場では雨が降っていた。
とありました。写真はクリックで拡大。
ブラジルの航空会社といえば昔から バリグ ( Varig )・ブラジル航空が有名でしたが、経営不振で破産状態となり 去年安売り航空券の会社へ買収され、日本へは来なくなりました。 今では TAM ( Transporters Aereos Meridionais ) が ブラジル最大の航空会社となり、国内線で約 5割、国際線で約 6割の シェアを持っています。この会社も平成8年(1996年)に サンパウロ市内の住宅地に墜落し、乗客・乗員 96人が全員死亡する事故を起こしました。写真は同社の今回の事故機と同じ型の、エアバス320型機。
サンパウロの市街地東部にある、 コンゴニャス 空港は国内線と近距離国際線用で、ブラジルでもっとも過密な空港として知られ、パイロットからは滑走路が 1,940 メートル X 幅 45 メートルと ジェット機にとっては短く、 滑り易いと指摘する声が度々あがっていました。
限られた情報しか得られない現段階で 事故原因を推測するのは早すぎますが、雨が降る天候で着陸機が オーバーランをしたと聞けば、パイロットなら事故原因は滑走路上の水による ハイドロプレーニング ( Hydroplaning )現象か、ウインドシアー ( Wind Shear 、低高度における風向風速の急変 ) による接地点 ( Touchdown point )の オーバーの可能性を疑います。ウインドシアーについては随筆集の 48:ダウンバースト ( 下降噴流 ) で説明していますので、下記をお読み下さい。
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/down-b.htm#shinnyuu
1:ハイドロプレーニング現象
ハイドロプレーン ( Hydroplane ) とは、本来 水中翼を持つ高速滑走艇のことですが、この現象は昭和30年代の半ば ( 1960年代 )から航空関係者の間で問題視されはじめ、その後かなり遅れて自動車関係者にも注目されるようになりました。
水で濡れた滑走路を飛行機が高速で走行すると、滑走路面と飛行機の タイヤとの間に水が 「 クサビ状 」 に入り込み、そのため タイヤが滑走路面から浮いた状態になり摩擦力が失われ、ブレーキが利かなくなり、機首車輪の方向維持性能も失われます。
ダイナミック ( 動的 )・ハイドロプレーニング現象が起きる速度には、以下の計算式があります。
V=9 x [ P の平方根 ]
但し V:は現象が起きる速度で、単位は ノット。
P:は主車輪の タイヤの空気圧で、単位は PSI ( Pound per Square Inch、一平方 インチ当たりの圧力で、単位は ポンド )
エアバス 320 型機と大きさが近い B 757 型機を例にとると、タイヤ圧を 144 PSI と仮定すれば、ハイドロプレーニング現象が起きる速度は、9 x [ 144の平方根 ] であり、9 x 12=108 ノット(秒速 54 メートル、時速 194 キロメートル )となります。この速度以上で起きることになりますが、しかし一度 ハイドロプレーニング現象が起きると、その速度以下にまで続くのです。
2:グルービング ( Grooving 、 ミゾ 切り )
この現象を防ぐにはどうすれば良いのでしょうか?。1970年代になって滑走路面に ミゾを切り、排水性を向上させる方法が外国で考えられました。グルーブとは溝 ( ミゾ ) のことですが、雨が多い日本の殆どの空港では、滑走路表面の コンクリートに細かく ミゾ を切り、滑走路面の排水を良くし、濡れた滑走路での タイヤの摩擦性能の向上に役立てています。アメリカでは雨がほとんど降らないアリゾナ州、ニューメキシコ州などの砂漠地帯があるせいか、大小合わせて 1,600の飛行場のうち、ミゾが切ってある Grooved Runway があるのは800箇所です。
ミゾ を切る方向は滑走路の横方向ですが、一例としては ミゾの深さが 4 ミリメートル、幅が 4 ミリメートル、ミゾの間隔は 25 ミリ程度あります。ちなみに滑走路の横断面は平ではなく、 キャンバー( Camber 、中央が高く両端が低い傾斜 )が付けられているので、滑走路に降った雨は ミゾ を伝わって両端に排水され、滑走路面に水がたまり難くなります。雨の日に空港の誘導路や駐機場の表面が水で テカテカ光っていても、グルービングされた滑走路面には水がなく、黒く見えます。
サンパウロの市内近郊には空港が三個所あり、今回事故が起きた コンゴニャス ( Congonhas )空港には 二本の滑走路がありますが、その内の一本について最近滑走路を舗装し直したものの、グルービングは施工されませんでした。そして事故の数日前にも二機が滑り易い滑走路から逸脱しましたが、さいわいにも負傷者は出ませんでした。
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