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2007年11月10日 (土)

タックル

現在は路線を運休していますが縄文航空ではある時期まで、関西空港から イタリアの北部、アルプス山脈に近い ミラノ へ路線を運航していましたが、関空からは十二時間近くかかりました。

Saigobansan 金野内蔵氏の友人の足野速男氏はあるとき ミラノ 線を飛びましたが、ホテルに着くと現地時間に体を慣らすために、眠らずに一人で外出しました。購入したばかりの デジカメを持って、ミラノの中心にあり、百三十五本の尖塔がある ドゥオーモ (  Duomo 、 大聖堂の意味で 、英語では ドーム、 Dome ) を撮影しに行きました。

ここは レオナルド・ダ・ヴィンチの傑作 「 最後の晩餐 」 の壁画がある サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ 教会の左側にある修道院と共に、ミラノを訪れた観光客が必ず立ち寄るところです。

Milan_duomo ドゥオーモの東側にある フォンターナ広場 ( Fontana ) で ドゥオーモ博物館をはじめ周囲の建物の写真を撮っていると、二人の イタリア人男性が英語で話し掛けてきました。一人は手に日本製の ヤシカの カメラを持っていて、建物を背景にして自分達の写真を撮ってくれというのでした。ヤシカの カメラとは、足野氏の学生時代からありましたが、あまり写真に詳しくない人が買う カメラでした。二十年以上前に 京セラに買収され、今年になってから 「 ヤシカ 」 の商標は、香港の会社に売却されました。

足野氏は言われるままにその男達の写真を撮りましたが、今度はその男のうちの 一人が足野氏の カメラで写真を撮ってくれることになりました。背景を入れて人物写真を撮る場合には、二~三メートルぐらいの距離で、シャッターを半押しして距離を固定し、構図を決めて撮るものですが、その男は カメラを構えながら 五メートル以上もどんどん離れて行ったのだそうです。

Tackle そこで足野速男氏が カメラを持ち逃げされると判断して走り出すのと、男達が二手に分かれて逃げるのと同時でした。学生時代に ラグビー部に所属していた足野速男氏の スタート・ダッシュが勝り、フォンターナ公園を 五十 メートルも行かない内に カメラを持って逃げる男の足に背後から  タックルして転倒させました。 男の顔面を殴りつけ、ひるんだ男から カメラを取り戻すと、仲間が加勢に来ないうちに走って現場を離れました。

長靴の形をした イタリアは、南に行くほど犯罪が多くなるといわれていますが、観光客相手のひったくり、ジプシーの子供を使った スリ、ぼったくり、 買い物の際の釣り銭のごまかし、ニセ警官、ホテル内での置き引きや、寝台列車内での窃盗などの犯罪が後を絶たず、かつては日本からの観光 ツアーの一行で、犯罪の被害に遭った人が一人もいなければ、そのグループは幸運といわれていました。

ある時日本からやって来た ツアー添乗員が バイクを使ったひったくりに遭いましたが、彼女は用心のために ショルダー・ バッグを 「 たすき掛け 」 にしていたために転倒し、敷石で頭を打って死亡した事件が ミラノで起きました。となると 肩から下げずに、 「 たすき掛け 」 をする方法も考えものです。イタリアを旅行する人はご用心を。

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