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2007年12月15日 (土)

共犯者の デス

Nathanroad ホンコンは平成九年 ( 1997年 ) に中国に返還されるまでは、百五十七年間 イギリスの植民地でした。その住民は ホンコン人と呼ばれていて、宗主国の イギリス人をはじめ ホンコン在住の イギリス連邦( The British Commonwealth ) 諸国 ( カナダ、ニュージーランド、オーストラリア など ) の人々よりも、低く扱われていました。写真は繁華街を通るネーザン通り。

ホンコンに本拠地がある キャセイ・パシフィック航空ではその当時、人件費が安い ホンコン人の スチュワー「 デス 」 を雇っていましたが、ホンコン人の パイロットは一人もいませんでした。メシ運びの給仕人には採用するが、将来 イギリス系の乗客、乗員に対し指揮権を持つ機長に、植民地の住民をさせてはならない。これが長年の植民地政策に基づく、イギリス人の考え方でした。

Uradoori 金野内蔵氏によればその昔、成田基地所属の 「 デス 」で、ホンコン人と結婚した B子さんがいました。彼女がどのような経緯で結婚したのか分かりませんが、彼女の夫は観光客相手の貴金属、土産物の店を、観光客が多く集まる九龍 ( Kowloon ) 地区の 尖沙咀  ( ツィム・シャ・ツイ、Tsim Sha Tsui ) にある繁華街の ネーザン通りから裏通りに入った所に、小さな店を構えていました。

Ruibiton 成田から ホンコン便の乗務は、現在では往復の飛行時間が 七時間半の日帰り便ですが、その当時は片道だけを飛ぶ ホンコンの泊まり便でした。 デスは外国の化粧品を買ったり、ホンコンの最高級 ホテルである ペニンシュラ・ホテルの 一階  (  イギリス流の表現では グラウンド・フロア )  にある ルイ・ビトンなどの ブランド店で、 バッグなどの ブランド物を買う者もいました。当時は日本で買うよりも、二割も安く買えるという買い物天国でした。

ところで デス同士のうわさ話で B子 元 デスの店に行けば、貴金属製品が安く買えるらしいという情報が流れ、金の ネックレスや指輪などをその店から買って帰る デスがいました。その店では貴金属製品以外にも象牙でできた彫り物や、大理石の花瓶、中国の山水画の掛け軸などがあり、乗員の中にも土産に買って帰る者もいました。、

Yubiwa ところが  パイロットの C さんは愛妻の為に金の指輪をその店で買い求めましたが、奥さんが喜んでその指輪をはめていたところ、二ヶ月も経つと指輪の所々に金色が剥げてきて黒い地金が現れて来たのだそうです。まんまと偽物の金の指輪を買わされたのでした。

D 副操縦士は高価な象牙の彫り物を買って帰りましたが、骨董品に詳しい近所の人に見せたところ、ひと目で  プラスチック製だといわれました。象牙にしては重さが軽いし手触りが違うとのことで、 教えられたままに半信半偽で目立たぬ箇所を削り取り、火に近づけると プラスチックが焦げる際の独特の刺激臭がしました。詳しい人によれば、象牙であれば タンパク質が焦げる臭いであり、爪や髪の毛を焦がす臭いと同じとのことでした。

結局その店から買った商品はほとんどが偽物でしたので、それ以後はその店で買い物をする デスも乗員もいなくなりました。B子 元 デスはそれまで一緒に働いていた職場の同僚に、平気で偽物を売りつけては 大金を稼いでいました。彼女は亭主に仕込まれたのか (?) 知りませんが 中国人や ホンコン人と同様に、だます方よりも、だまされる方が悪いとする倫理観の持ち主でした。

ところが悪事は長続きしないもので、一現 ( いちげん ) の観光客を相手に偽物を売っていた店の経営がうまく行かなくなり、一年半で店を畳むことになましたが、B子 元 デスも日本語を話す利用価値を失った為に亭主から使い捨てにされ、離婚して日本に帰ったらしいとの ウワサでした。

Yamasato1 ところで気が強い  「 山の いも女房 」 どの に 尻の下に敷かれている金野氏に、ホンコンで何を買ったのか尋ねたところ、 「 山 いも女房 」 は栃木県の 僻地 ( へきち ) で育っただけに、金の指輪や ネックレスなどの装身具にはさっぱり興味がなかったので、何も買わなかったとのことでした。 「 不幸中 」 の さいわい と言うべきでした。

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コメント

うーん、パイロットのみなさんでも土産物の目利きができなかった時代があるのかと・・・・・

観光バスのドライバーは、土産物屋の情報を大変よく共有しています。品物の品質の事やら、接待饗応の類の事例まで・・・

はじめまして

スチュワーデスやパイロットの生活を知ることができて、毎週興味をもってブログを読んでいます。ところで奥様のことが最近のブログで数回書いてありますが、どのような方なのかたいへん興味があります。一度ブログに写真を掲載していただけませんか?。

山 いも女房の写真を掲載せよとのお言葉ですが、来年 七十才になる 「 老婆の写真 」 など見ても面白くもないでしょう。

それでも見たければ、ホームページにある四国遍路の記録、第12項、「 長生きもほどほどに 」 の箇所に、十年以上前のものが、以前から 「 黒枠入り 」 にしてありますが。

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