乗組員の職業病
昭和40年 ( 1965年 ) 当時、日本航空では国内線に プロペラ機の DC-4 や国際線から転用した DC-6B を使用し、全日空では ターボ ・ プロップ機 ( ジェットエンジンで プロペラを回す方式 ) の F-27 や、戦後初の国産旅客機である YS-11 を使用していました。
プロペラ機の飛行高度は現在の ジェット機が飛ぶ高度の 三分の一 から 半分程度で、 せいぜい 三千~五千 メートル前後でしたが、飛行機が降下を開始する度に、スチュワー「 デス 」 が アメ玉や チューインガム を乗客に配っていました。その理由は客室の与圧性能が低く、飛行中の客室の気圧と地上との気圧の差が大きいので、耳が痛くなるのを防ぐためでした。
パイロットや 「 デス 」 が罹る 職業病の一つに 「 航空性中耳炎 」 がありますが、私も何度か罹ったことがありました。 会社ではこの病気は クルー( 乗組員 ) に対しては、公務傷病扱いになっていて、有給の病気休暇がもらえました。
[ 鼓膜の内外にかかる空気圧 ]
地上では耳の鼓膜の外側には大気の 「 一気圧 」 がかかりますが、鼓膜の内側 ( 内耳 ) にも鼻の孔から耳管を通って空気が通じています。つまり鼓膜 ( Ear Drum ) が正常に働くためには、両側の気圧が同じでなければなりません。
ところで耳管の構造は、内耳 ( 鼓膜の内側 ) の空気圧が高い場合には、耳管を通って圧力 が自然に鼻に抜けますが、逆の場合には鼻から 耳管を通じて内耳には、空気の圧力が自然には抜けにくい構造になっています。そのため飛行機に乗って耳が痛くなる現象は、常に降下の場合にのみ多く起きます。
鼻風邪を引いた場合など副鼻腔炎などを起こすと、鼻の粘膜の炎症が耳管にも及び、鼻と 「 鼓膜の内側 」 を結ぶ耳管の粘膜が腫れて一部が狭くなり、甚だしい場合には空気が通じなくなる耳管の狭窄 ( きょうさく )、つまり耳が詰まる現象が起きます。
通常はあくびをする時のように大きく口を開けて、耳管の空気の通りをよくしたり、息を吸い込んでから口を閉じ、鼻をつまんで内耳に圧力を掛ける 「 バルサルバ法 」 を行い、耳抜きをします。普通はこれで簡単に鼓膜の内外の圧力差を無くすことができますが、アメを舐めたり チューインガムを噛んだりして、アゴを動かすのも良い方法です。
[ 耳詰まりの症状 ]
上空で耳詰まりが抜けないままで地上に降りると、鼓膜の外側には大気の 一気圧が作用しますが、内側には高空における客室の ( 例えば ) 0.8気圧の 低い空気圧が閉じ込められたままのため、鼓膜の内外に圧力差を生じ、圧力の低い内側に向かって鼓膜が押されことになり 耳が痛くなります。そのままにしていると鼓膜が赤く充血し、数日後には甚だしい場合は内耳に液が滲み出てきて鼓膜の内部に水が溜まり、ポチャポチャ 音がするそうです。
[ 治療法 ]
そうならない前に耳鼻科に行くと、私も経験がありますが、鼻から金属製の細い パイプを耳管に入れて、加圧した空気を送り狭窄 ( きょうさく ) した耳管を強制的に開かせて、鼓膜にかかっていた 「 負圧 」 を取り除く 「 耳管通気法 」 の治療をします。これにより内耳の圧力が一時的に大気圧より高くなっても、自然に空気が鼻に抜けるので問題はありません。
金野氏から聞いた話によれば、ロンドン行きの便で 「 デス 」 の一人が、降下の際に耳詰まりを起こしたことがあったそうです。到着後 耳鼻科の医者に行き、英語で イヤー・ブロック ( Ear Block ) という耳詰まりを、耳管通気法で治療してもらい、三日後には一緒に飛んで帰ったとのことでした。風邪気味で飛行機に乗るのは、耳詰まりを生じ易いのでご用心を。