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2008年8月30日 (土)

有効意識時間

有効意識時間 ( TUC、Time of Useful Consciousness ) という言葉を聞いたことがありますか?。人間が高空の薄い酸素のもとで、どのくらい長く意識を正常に保つことができるかを示す値です。

下記の動画では訓練を受ける者が二人一組になり、25,000 フィート ( 7,500 メートル ) の高度で一人は酸素 マスクを着け、他の一人は マスクを外して、子供の遊戯のような動作をしますが、そのうちに酸素不足が脳や腕の筋肉に悪影響を及ぼして、動作の ミスが増えました。

http://jp.youtube.com/watch?v=jDd16CpLzBA&feature=related

Lowpc 私がアメリカの海軍飛行学校の低圧室でおこなったのは、酸素が希薄な高い高度で酸素 マスクを外して、自分の住所や名前を何度も紙に書くことでした。最初のうちは正常に書けましたが、酸素不足から次第に字が乱れ、後には手が動かなくなり意識も働かず書けなくなりました。

酸素 マスクを着けてもらってから自分の書いた字を見ると、あとになって書いたものは何が書いてあるのか自分でも読めない状態でした。低酸素症 ( ハイポキシア ) の怖さは 肉体的に少しも苦しくなく 、しかも自分が気付かないうちに脳が酸素欠乏に侵されることです。

さらに怖ろしいことは体や手足が動かなくなることで、緊急時に酸素 マスクを着ける時機が遅れると、自力では もはや着けることができなくなることです

Pilotm パイロットがこのような状態になると飛行機の安全上極めて危険なので、操縦室にいる二人の パイロットのうち、一人が座席を離れて トイレに行く場合などには、操縦席に残った パイロットは安全上の見地から、酸素 マスクを着用することが規則で決められています。

気付かない間の酸素欠乏症を防ぐと共に、以前説明した 「 急速な与圧喪失、ラピッド・ディコンプレッション 」が発生した場合には、即座に飛行機を 10,000フィート ( 3,000 メートル ) 以下の安全な高度まで、 「  緊急降下、Emergency Descent  」 を開始できるようにするためです。

話をアメリカ海軍飛行学校の訓練に戻しますと、低圧室の高度が 3万3千フィート ( 1万メートル )  になった際に、経験のために私たちは酸素 マスク を外すように指示されましたが、その高度では空気が薄くて息を吸っても肺に空気 ( 酸素 ) が入って来ないのです。深呼吸しても同じでした。

というのは地上では大気が 1気圧 = 760 mm Hg ( 水銀柱 ミリ メートル ) = 1,013 H Pa ( ヘクトパスカル )  = 約 1 Kg / 平方 センチ、ありますが、高度 1万 メートルでは 気圧が地上の四分の一に相当する 198 mm Hg しかなく、酸素の分圧も地上では 159 mm Hg  のところ、 41 mm Hg しかありません。

高度 1万 メートルの空気を吸うと体がやや暑くなったように感じられましたが、肉体的には少しも苦しくありませんでした。このまま薄い空気を吸い続けると脳の酸素欠乏により意識が急速に失われるので、私を監視する者から酸素 マスク を着けられて、100 パーセントの酸素を吸入させられると、 短時間のうちに正常に戻りました。

後日 高度 33,000 フィート ( 1万 メートル ) の大気を、酸素 マスク無しで呼吸する訓練を受けた旨の証明書 ( カード ) が与えられました。

航空医学研究 センターの資料によれば、有効意識時間 ( TUC、Time of Useful Consciousness  ) は以下の通りです。

高度10,000~15,000 フィート ( 4,500 メートル )では 1 時間以内
22,000 フィート( 6,700 メートル ) では 5~10分
30,000 フィート( 9,000 メートル ) では 90秒
40,000 フィート( 12,000 メートル ) では 30秒
50,000 フィート( 15,000 メートル ) では 10秒

さらにこの値はゆっくり減圧した場合であって、急減圧の場合には有効意識時間が、半分に減るのだそうです

低酸素症の症状としては

熱感、疲労感、頭重感、視力低下、人格変化、判断力低下、言語能力低下、呼吸・心拍の増加、チアノーゼ、知能活動の低下、反応時間の低下、協調運動の低下、けいれん、意識障害 ( 失神 ) などです。

Oyakom 国内線でも飛行時間が 1時間を超える路線では 3万 フィート 以上の高度を飛ぶことが多いので、飛行機で旅行する人は万一 急減圧に遭遇し、客室の上部から酸素 マスクが落ちて来たならば、秒単位の時間を争って マスクを着ける必要があります。行動の自由が失われる以前に----

酸素欠乏症について さらに知りたい人は、下記をクリック。

3分 41秒と 4分 2 9秒に受訓者の軽い 「 ケイレン発作 」 がみられ、9分 13秒には急速減圧 ( Rapid Decompression ) 時に機内で発生する 「 霧 」 を見ることができます。

http://jp.youtube.com/watch?v=_XR2SXy4TZ4&feature=related

2008年8月23日 (土)

酸素マスク

飛行機に乗ると毎回離陸前に非常口の位置や、緊急脱出の方法、救命胴衣などの非常用装備品や設備の使用法を  ビデオ で放映しますが、その中には酸素 マスクの使用法も必ず含まれます。

Desudemo ビデオ装置の故障に備えて、あるいは その設備が無い機体では、昔ながらの方法で酸素 マスクや、救命胴衣などの 「 現物 」 を示しながら スチュワーデスが デモンストレーション ( 説明 ) をおこないますが、仲間うちではこれを  「 ラジオ体操 」  などという人もいます。

Shin5 飛行機が 1万 メートル ( 3万 3千 フィート ) 以上の高い高度を飛んでいても、客室内部の気圧 ( 高度 ) は 8 千 フィート ( 2、400 メートル ) を超えないように FAR ( アメリカの連邦航空規則 ) で決められています。

ちなみにその高度とは富士山の北側山麓にある 、「 富士 スバルライン 」 の終点である新 5合目の標高 ( 2,304 メートル ) や、南側にある 「 富士山 スカイライン 」の、新5合目( 2,450 メートル )とほぼ同じです。

一般にこのくらいの高度では、酸素不足から高山病にかかる恐れはないといわれていますが、なぜ飛行機には、乗客用に酸素 マスク の装備が必要なのでしょうか?。

その理由は高山病 ( 酸素不足 ) を防ぐために高い圧力にしてある客室の空気が、機体の破壊や与圧装置の故障により、 気圧の低い外気に抜けてしまい、そのままでは酸素欠乏症により死に至る危険があるからです。

United9people 写真は平成元年 ( 1989年 ) に起きた事故で ハワイの ホノルルを出発し オーストラリアの シドニーに向かう ユナイテッド航空の ジャンボ機が、23,000フィート ( 7,000 メ-トル ) 付近を上昇中に貨物室の ドア が全開した為に機体が壊れ、9人の乗客が機内の高圧空気と共に外に吹き出されて、行方不明になりました。機長はすぐに乗客に酸素 マスクを着けさせると共に、安全な高度まで緊急降下をしたために 他の乗客は無事でした。

下記の動画は旧ソ連に属し、現在は独立国家共同体 ( CIS ) の一員である ウクライナ ( Ukraine ) の 「 ウクライナ国際航空 」 の機内ですが、理由は不明ですが乗客が酸素 マスクを着けている姿です。

http://jp.youtube.com/watch?v=VrvOQReCCIo&feature=related

Lowp 51年前の昭和 32年 ( 1957年、 ) 当時、 アメリカ海軍飛行学校の学生だった私は、飛行訓練に先立ちいろいろな緊急訓練を受けましたが、その中の一つには、低圧室  ( Low  Pressure  Chamber  ) での  「 低酸素症、 簡単にいえば酸欠状態、英語では、 ハイポキシア ( Hypoxia ) 」 の体験 がありました。

直径 3 メートル、長さ 7 メートルほどの円筒状の タンク ( 室 ) に 10~15 名ほどの学生が入り扉が密閉されると、最初に地上付近の気圧から、25,000フィート ( 7,500 メートル ) の気圧まで 1~ 2秒間で気圧を下げる、急減圧 がおこなわれました。

すると タンク内には 霧が立ちこめて視界が一時的に妨げられましたが、空気が断熱膨張 ( 注参照 ) したために、空気中の水分が冷却されて霧になったのでした。

注)
断熱膨張とは気体が熱の出入りなしに、その体積を増大する現象ですが、気体の温度が低下します。この逆の現象には 「 断熱圧縮 」 がありますが、自転車の空気入れで空気を入れる際に、筒が加熱するのを経験した人は多いはずです。

御巣鷹山の日航機事故についても、 霧の発生 の有無 が問題になりましたが、機体後部の破壊により機内の空気が急激に抜ける 「 急減圧が起きた 」 のか、又は徐々に抜けて 「 急減圧は起きなかった 」 のかが、事故原因の究明に大きな影響を与えました。

航空事故調査委員会が出した報告書では、急減圧が あったとするものでしたが、日航乗員組合などは なかったと主張していました。

急減圧のことを英語では ラピッド ・ ディコンプレッション ( Rapid De-Compression ) といいますが、なんらかの原因により高空で客室の与圧が失われると、人体に酸素が不足するため脳の機能が低下し、反応が鈍くなり運動機能の低下で体が動かなくなり、判断力が失われ、さらに進むと、意識を失います。

御巣鷹山の日航機の乗員は、 2万 フィート ( 6千 メートル ) 以上の大気圧にさらされていた時間は18分以上ありましたが、この影響が無かったのでしょうか?。

しかも前回一部分引用した CVR  ( 操縦室内の会話録音 ) を事故直後から聴く限り、酸素 マスク を被った時に出るような 「 こもった 」 音 ではありませんでした。( 続く )

2008年8月16日 (土)

夏がくれば

Ozegahara .「 夏がくれば思い出す はるかな尾瀬 遠い空---。 」 という歌詞で始まる 「 夏の思い出 」 という歌がありますが、昭和 24 年 ( 1949 年 ) に作られた ラジオ歌謡で、 江間章子 ( えま しょうこ ) 作詞、中田喜直 ( よしなお ) の作曲で 二人とも既に亡くなりました。

毎年お盆の季節になると航空関係者にっとっては、昭和 60 年 ( 1985 年 ) 8 月12 日に 死者 520 名 を出した、日航 ジャンボ機の御巣鷹山事故のことが思い出されます。

Ireihi それより 8 年前の昭和 52 年 ( 1977 年 ) には、大西洋上の カナリア諸島にある テネリフェ 空港で、濃霧の中で 二機の ジャンボ機が衝突し、死者 583名 という世界最大の飛行機事故が起きましたが、日航機の事故はこれに次いで世界第  2  の事故でした。しかし単機による事故では、世界最多の犠牲者となりました。写真は御巣鷹山の慰霊碑。

その御巣鷹山の事故から今年で 23 年が過ぎましたが、遺族には長い年月だったと思いますが、私にはもう 23 年も過ぎたのか という気がします。

ところで事故機の T 機長は私より 3~4 歳才ほど年下で、海上自衛隊の S 2 F  ( トラッカー )  の元  ・  副操縦士でしたが、機種は異なるものの同じ航空基地に勤務したこともあり、話をしたことはありませんが顔は知っていました。

事故当時は機長見習いを指導する立場の機長でしたが、C V R  ( 操縦室内の録音装置、Cockpit Voice Recorder ) の会話を聞く限り、4 系統の全ての油圧を失い、コントロール不能になった機体の操縦を機長見習いである副操縦士に任せ、自分は頭を上げろ、下げろ、エンジンの パワー ( 出力 ) を増やせ、絞れなどと指示をしていました。

Uraga4 当時,、羽田空港から大阪方面に向かう飛行機の出発経路は、「 Uraga  4  Departure, Yokosuka Transition 、( 浦賀 4 ディパーチャー  ・  横須賀 トランジション ) 」 でしたが、湘南にある 江ノ島 を右下に見ながら相模湾を浜松に向けて飛行中に、緊急事態が起きました。

Biyoku 日航 123 便の後に離陸して福岡に向かっていた全日空の某機長は、出発経路が  「 HANEDA Reversal Nagoya Transition. ( 羽田 リバーサル、名古屋 トランジション ) 」 であり日航機とは経路が異なったものの、垂直尾翼の上半分が欠けた事故機の姿を遠くに発見しました。 「 おいあの飛行機を見ろ、変な形をしているぞ !。」

Hisan 緊急事態が起きた初期や中期ならばともかく、海上から群馬県と埼玉県境にある山岳地帯に飛行機が入り込み、危険な状態になっていたのに、520人の乗客の命を預かる機長として、副操縦士に指示するのを止めにして  「  I have Control 、( 私が操縦する ) 」 を言い、自分で操縦桿を握り、自分で エンジン出力の コントロールを、なぜしなかったのでしょうか?。

方向舵が利かなくても、アシンメトリック ・ パワー ( Asymmetric Power 、エンジン出力を左右非対称に使用 ) すれば緩やかな旋回は可能であり、山岳地帯ではなく、海上に向けて変針できたのではないかと、私には疑問が残ります。

[ 衝突前の録音 ]

下記は衝突までの 1 分間の C V R の録音ですが、Air Disaster.Com の画面につながり、不愉快な部分が録音にあることを承知する旨の、 「 I Accept -Start Download 」 をクリックしてお聴き下さい。

気圧低下の警報音が鳴る中で、頭 ( 機首 ) 上げろ、パワーなどと 副操縦士に指示をして、G P W S  ( Ground Proximity Warning System 、対地接近警報音 ) が鳴り、プル ・ アップ ( Pull Up 、機首を上げよ ) の合成音が繰り返されるうちに、最後に機長の声で  「 アー  だめ 」  が入り録音が途絶えました。

https://www.youtube.com/watch?v=TmkH8giXm6U

 

Pressurebulkhead この事故の原因は昭和 53 年 ( 1978 年 ) に、大阪空港で起きた機体の尻餅事故の際に生じた、機体最後部の圧力隔壁 ( Pressure Bulkhead ) に生じた亀裂の修理 ミスによるものでした。この傘状のもの( クリックで拡大 ) で  1 平方 インチ当たり、8.6 ポンド ( 3.9 キロ ) の客室の与圧を保っています。

ボーイング社から派遣された整備士が、寸法足らずの修理材を使用して手抜き修理をおこない、 日航の整備関係者がそれを見逃し 、当時の運輸省航空局検査課の検査官も機体修理に 合格の メクラ 判  を押したのが 原因でした。

ノ ン   ・ キャリア組の T  検査官は事故後に服毒自殺をしましたが、残された遺書には群馬県警の取り調べが  「 きつい 」  からとあったものの、自分の検査 ミス により 520 名の人命が失われたことへのお詫びは、まったく書いてありませんでした。

官僚の無謬性 ( むびゅうせい、過ちを犯さず、 たとえ 犯しても絶対に認めない ) 死んでも---とする態度そのものでした。彼の上司である検査課長、技術部長、航空局長などの キャリア組は、彼だけに責任を負わせると、監督責任を問われることもなく、出世の階段を何事もなかったように昇りました。

事故原因についても航空事故調査委員会の出した結論とは別に、巷 ( ちまた ) では米軍、自衛隊の ミサイル命中説、無人偵察機との衝突説 などいろいろあり、その中には事故調査委員会の結論に異議を唱えた、元 ジャンボ  ・ ジェットの機長が書いた本までありました。

諸説の中には、 パイロットの立場からは首をかしげたくなるものもありましたが、客室内部の与圧が急激に失われたとする件については、異論が出たのも一応理解できました。

Ozenumah 最後に夏の思い出の歌を聴きたい人は下記を クリック してください。この歌ができた直後の 昭和 25~26 年当時、栃木県の高校 に在学中だった私は、隣りの県にある尾瀬を 二度訪れま した。

https://www.youtube.com/watch?v=P4y3hiZfx5E

ホームページ シ ル バ ー 回 顧 録 に戻るには http://www.rose.ne.jp/~ooha/

を クリック。

2008年8月 9日 (土)

かみなり雲の発電

8月5日のこと、東京都豊島区で下水道道作業中の 5人が、下水管内で突然増水した水に流されて死亡、行方不明になりましたが、原因は局地的に発達した積乱雲による集中豪雨でした。大阪の我が家に遊びに来ていた孫二人を横浜の娘の家に送り届けに行った老妻が、事故と同じ 5日に大阪へ帰るため羽田空港に行くと、空港周辺には発達した雷雲があり、飛行機の運航にかなり遅れが出ているとのことでした。

Cumulonimbusv 空港から私に電話をかけてきて 「 18時発の飛行機に乗る予定だけれど、かみなり雲があるので乗るのが心配だ 」 というので、「 落雷を受けても、最近の飛行機は滅多に墜ちないよ。万一墜ちた場合には、わたしが 遺族補償金をしっかり貰っておくから 安心して乗りな !! 」、と励まし (?) ました。当日の羽田空港は雷雲の影響で、約 190便に出発遅れ、到着遅れが出たそうです。

Dallasstrike パイロットにとって危険な存在である 「 かみなり雲や、入道雲 」 のことを、気象用語では 積乱雲といいますが、英語の Cumulo-nimbus ( キュミュロ ・ ニンバス ) から、略して  Cb  ( シービー ) といいます。 Cb の中では激しい乱気流や、雹 ( ひょう、Hail Stone  ) 、「 落雷 」 の危険が存在するので、極力避けて飛行しなければなりません。

ところで落雷の記録によれば、平成17年8月16日には、 たった 1日で日本中に 15万5,228発 の雷が落ちましたが、「 かみなり雲 」 では落雷する電気が、どのようにして発生 ( 発電 ) するのでしょうか?。

小学生の頃に セルロイド ( 当時は プラスチックなどは開発されていませんでした ) の下敷きを頭の毛でこすり、細かく千切った紙に近づけると静電気の作用により、紙片が セルロイドに吸着される遊びをしましたが、プラスチックでも可能かどうか実験したことがないので分かりません。実は 「 かみなり雲 」 の中でも、この静電気の発電作用が関係しているのです。

[ 電荷の分離が生じる ]

地上付近の水蒸気を含む空気が日射などにより暖められ、上昇気流によって気圧の低い高空に運ばれると、途中で断熱膨張して温度が下がり、高空の低温域に運ばれるに従い、水蒸気は飽和状態から凝結して水滴となり、更に上昇を続けると、氷結して 「 あられ 」 や、氷の結晶 になります。

ここからが 科学的に未だに解明されない電荷分離の問題点で 種々の仮説がありますが 、上昇気流の中では水滴や 「 あられ 」、「 氷の結晶 」が互いに衝突し合い、結合し、分裂し、摩擦を繰り返すことにより静電気を帯びるようになります。

Cbdenka1 大粒の水滴や氷は [ - ] の電荷 ( Negative Electro-static Charge )に、小粒の水滴や 「 あられ 」 氷の結晶は  [ + ]  の電荷 ( Positive Electro-static Charge ) に帯電します。

大粒の水滴や氷は重いので雲中を落下して雲の下方に行き、小粒のものは上昇気流に乗って更に更に高い高度へと運ばれます。雲の内部における静電気の配分を見ると、大粒が集まる雲の下方は  [ - ]  の静電気に帯電し、雲の上部は  [ + ]  に帯電することになります。

Unkanrai 雲中の静電気の電位差がある限度を超えると、雲の内部で 「 雲間雷 」 (  Intra-cloud Lightning ) と呼ばれる雲中放電 ( イナズマ ) が始まりますが、やがて地上への落雷が起きる前兆です。

雲底が  [ - ]  に帯電すると、静電誘導により対極となる地表面は  [ + ]  の電荷を持つようになりますが、その電位差が高まれば、空気の絶縁が破られて地上に対する放電現象 つまり稲妻 (  Lightning  ) 、落雷が起きます。

アメリカでは落雷による死者は毎年 100人前後ですが、そのうち ゴルフをしていた人は少なくとも 5パーセントであり、木の下にいた人は 14 パーセントでした。下記の動画を見れば、雷雨の際に 木の下で雨宿りをする気には、もうならないでしょう。

http://jp.youtube.com/watch?v=owh84___4kI

Kyadei 日本における落雷による死者は、警察庁の統計では毎年 15人~20人程度ですが、過去には ゴルフ場だけでも毎年 20人が落雷により死亡しました。その後 雷の頻発地域に近いゴルフ場には、落雷に対する警報 システムなどが導入され、事前の避難が可能となったので、死者は減少しました。

ところで中国の国家気象局の統計によると、中国では落雷による死者は毎年およそ1,000人に達するそうで、落雷による経済損失は10億元 ( 160億円 ) 近くになり、洪水、地震に次いで 三番目に大きい自然災害なのだそうです。北京にある天安門も、実は落雷により二度焼失し再建されていました。

雷を発生させる原動力は、前述のごとく激しい上昇気流ですが、その静電圧は 1億 ボルト ~10億 ボルト ともいわれ、落雷の際には 数万 アンペア~数10万 アンペア の静電流が流れるといわれています。この電気 エネルギーの利用法については昔から考えられてきましたが、問題は電流の流れる時間が僅か千分の一秒という短かさと、落雷地点が予測できないために利用不可能なのだそうです。

2008年8月 2日 (土)

セントエルモの火

Cumulonimbush 今週の月曜日 (7月28日) に関西地方を寒冷前線が通過した際には、各地で落雷があり停電により電車が停まるなどしましたが、神戸では局地的豪雨による六甲山からの鉄砲水により、都賀川で 5名の死者が出ました。

実家に里帰り中の娘は、その日の午後 3時大阪伊丹発の東京行きの便に乗る予定でしたが、激しい雷のために出発が一時間ほど遅れて離陸しました。

Largedarkburn 本人によれば飛行機左側の窓ぎわの座席でしたが、雲中飛行で外を見ていると左翼に落雷したそうです。一瞬周囲が ピンク色になり、ピシッ という音がしましたが機内の照明灯は停電もしませんでした。機長の アナウンスで 「 落雷を受けたが、飛行の安全性には支障ない 」 とのことなので安心して無事に羽田空港に到着しました。

写真は外国機に落雷した時のものですが、主翼の塗装が大きく茶色に焦げていたました。

私も現役時代に何度か落雷を受けた経験がありますが、あるとき夜間の雲中飛行で機首に落雷を受けました。目の前で強烈な写真の フラッシュを発光されたような感じがして、数秒間目が見えなくなりましたが、次には視界が緑色になり、その後に視力が正常に戻りました。緑色に見えたのは光の三原色である 「 赤、青、緑 」 の補色の関係から、ピンク色 (?) に対する補色残像かも知れません。

ところで米軍の飛行 マニュアル にある 「 雷雲中の飛行方法 」 によれば、夜間の落雷による視力の一時的喪失を防ぐために、操縦席の椅子を一番低い位置に降ろして外からの閃光を極力さえぎり、サングラスをかけて機内の照明を最大にせよとありましたが、経験に裏付けられた文言でした。

セント・エルモ の火  ( St Elmo's  Fire ) を、ご存じですか?。悪天候時に建物、船などに帯電した静電気が、その尖った部分から青白い光を発して空中に コロナ放電 ( 注参照 ) をする現象ですが、地上や海上だけでなく、飛行機でも起きます。

注:) コロナ放電とは。
二つの導体の間で局部的に高電場 ( でんば、電界と同じ ) が生じ、空気の絶縁が破壊されて起きる、光を伴う放電現象のことです。

Stelmowindshield 雷雲の中やその近くの雲中を飛ぶと、多量の電荷 ( Charge ) を持つ水滴や氷晶と衝突するために飛行機に静電気が帯電し、操縦席の前方窓 ガラスに コロナ放電が起きますが、慣れないうちは気味が悪く、しかも感電しそうな気がします。

Stelmoswing 窓ガラスだけでなく時には翼端や機首から前方に、あたかも着陸灯でも点灯したように コロナ放電で光る場合がありますが、静電気が機体に過度に蓄積された 「 しるし 」 であり、そうなると落雷の危険性が増加します。

Static1 機体には飛行中の機体に溜まった静電気を空中に放出するための装置として、 [ Statick discharge Wick ( 芯 ) や discharge Rod ( 棒 )   ]  が翼端や操舵面の後部に装備されています。

下記の動画は
イラク上空を飛ぶ米軍の輸送機が 40 マイル ( 74 キロ メートル)先の航路上に積乱雲があるので右に避けようとしましたが、そこには敵対する イランの領空があり、十分に避けられず、やむなく雷雲の近くを突っ切ることにしました。

9分39秒の長い動画ですので、画面下部に現れる赤い テープにある 「丸印」 を ドラグして動画の後半から御覧下さい。激しい乱気流の中で機体の帯電により、操縦席前方の窓 ガラスや機体からは頻繁に セントエルモの火が走り、稲妻のまぶしさに対処するため、6分34秒からは操縦室内の照明を明るくして飛行しました。

雷雲中を飛行する 地獄の フライトの様子を御覧下さい

http://jp.youtube.com/watch?v=4sA-Hk_jnPg&eurl

最後には より高い高度に上昇し、積乱雲から抜け出すことができました。

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