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2011年7月 7日 (木)

空き菅総理と、推古女帝

日本の歴史上、女性でありながら初めて天皇の地位に就いたのが 推古 ( すいこ ) 天皇 であった。推古女帝は第 30 代敏達 ( びたつ ) 天皇の皇后として 16 年過ごしたあと 34 才で未亡人となり、崇峻 ( すしゅん ) 天皇が暗殺された後に第 33 代の天皇になった。

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女帝は豪族の蘇我氏に対抗するために、甥 ( おい ) に当たる聖徳太子を摂政にして政治をおこなったが、その後 28 年経過 しても摂政に皇位を譲ろうとせず、聖徳太子は 摂政のまま 49 才で亡くなった。

女帝はその後も 7 年間皇位に留まり続け、合計 36 年間 ( 在位 592~628 年 )、75 才で死ぬまで天皇の地位に留まり続けたが、死に臨んでも後継者の指名もしなかった。あの世でも 天皇のままでいたかったからに違いない

それから 1380 年後に出現した 「 空き菅総理 」 は、 一旦手に入れた権力 ・ 地位 は、 革命による以外は絶対に手放さないという左翼主義の原則に則り総理の地位にしがみついているが、そこには 菅個人の権力欲 ・ 延命欲 のみが存在し、政治家としての潔さ、行動の美学などは全く存在しない。

菅総理の権力 ・ 地位に対する執着心の強さは 、推古女帝のそれに匹敵する。

東日本大震災時における福島原発の水蒸気爆発がもたらした放射能汚染の隠蔽 ・ 役に立たない 20 近い災害対策委員会 ・ 協議会の設置、くるくる変わる場当たり的な発言、ガレキの除去遅延に見られる行政遂行能力の欠如 、 外国の マスコミから 統治能力を疑うとまで 酷評された リーダーシップの無さを見ると、前回の衆院選で民主党を選んだ選挙民、菅総理を選んだ民主党代議士は、 無能な権力の亡者を選んだ責任 を深く反省しなければならない。

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