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2011年9月13日 (火)

新聞記者の裏の顔

9月10日夜の鉢呂経済産業大臣の辞任会見を、テレビ映像で見て驚いた。

http://www.youtube.com/watch?v=p69DF_QiCQo

大臣が辞任理由を説明したのに対して、ある記者が

何をしたか説明しろって言ってんだよ、もっと良く説明しろよ

とわめいた。いくら何でも行政の最高機関に所属する大臣に対して、この無礼な発言 ・ 傲慢な態度はないだろう。 経産省 記者 クラブの幹事と思われる男の声で、

そんな ヤクザ発言は止めなさいよ。記者でしょ、品位をもって質問して下さいよ という音声が録音に入ったが、この録音を実際に放映したテレビ局は 1 社しかいなかった。

新聞記者に品位を要求することなど、無いものねだりである。 私の現役時代の経験をいえば、正義の味方面 ( づら ) をする新聞記者連中が、その裏では如何に 非礼 ・ 強欲 ・ 横柄な態度をとったかを 身をもって味わった

(その一)
大阪伊丹空港には空港記者 クラブというのがあったが、今もあると思う。当時は空港 ビルに専用の部屋を持ちながら、部屋代も光熱費も支払わない特権集団であった。

昭和 46 年 ( 1971 年 ) 7 月に東亜国内航空の札幌 ( 市内空港 )発 函館行きの YS-11  磐梯号が函館空港北方の山に墜落し、63 名が死亡する航空事故が起きた。

その数週間後のこと、空港記者クラブから会社を通じて計器飛行について講義をするように依頼があったので、飛行機の実物の計器と、その表示を動かす テスト  ・  ベンチ を整備に依頼して用意し、記者会の 7~8 名に計器飛行や計器進入について基礎的な説明をおこなった。

11時半になったので、午前の講義を終わり午後は1時半から開始する旨を告げたところ、記者連中から せっかく講義を聞いてやったのに、この会社は昼飯も出さないのか? と文句が出た。

自分達から講義を頼んでおきながら、聞いてやったという セリフ には腹が立ったが広報係に連絡したところと、記者全員を車で空港周辺のしかるべき所に 連れて行った。

午後の講義開始時間に遅れること  1 時間、タダ酒、タダ飯をたらふく飲み喰いし、赤い顔をした連中が帰ってきたが、当月の幹事会社で 左翼系の A 紙の男が、講義はもうやめや、 ゴルフ  ・  コンペはどこにする ? と 接待 ゴルフの話になった。

彼らは タダ酒、タダ飯を飲み食いするのが目的で、会社に講義の話を持ちかけたのだった。

(その二)
昭和 40 年代 ( 1965~1974 年 ) のこと、某航空会社の パイロットの奥さんが、家庭不和から家族の留守中に ガス自殺をした事件があった。

広報係によれば サツ ( 警察 ) 回りの ぶん屋 ( 新聞記者 ) が入れ替わり立ち替わり 「 話を聞かせてくれ 」 とやって来たが、ついには週刊誌 ・ 実話雑誌の連中まで来たので、口止め料として  合計 80 万円支払った と後で聞いた。  顔を出し ネタ をちらつかせるだけで、 5 万円 ( 現在の貨幣価値では 10 万円に相当 ) の小遣い稼ぎをしたからである。

私に言わせれば新聞記者とは 「ゆすり ・ たかり 」 の代名詞であったが、あるとき プロ野球関係者が書いた本を読むと、監督  ・  コーチなどに接待を要求し、断ると悪口を記事に書く スポーツ記者がいたと書いてあった。同類はどこにでもいるものだ。

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