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2011年12月18日 (日)

韓国に 三度も騙された日本政府

12月 17 日に来日した韓国の李 明博 ( い ・ みょんばく ) 大統領 ( 大阪市 ・ 平野区出身の元在日で、日本での通名は月山 明博 ( つきやま あきひろ ) が、「 どじょう総理」との会談で「 両国関係の障害になっている慰安婦問題を優先的に解決する真の勇気を持たなければならない」と述べ、元日本軍従軍慰安婦の補償問題への前向きな対応を求めた。

これに対して「どじょう総理」は 1965 年の国交正常化時に交わした日韓請求権協定で解決済みとの立場を改めて伝えたが、同時に人道的見地から知恵を絞って行きたいと述べた。

バカ に付ける クスリ は無いとは 「 どじょう総理 」 のことで、日本が補償金を支払えば 反日左翼主義者がねつ造した従軍慰安婦の存在を、政府が公式に認めたことになる。詳しくは下記の H P を参照。

http://homepage3.nifty.com/yoshihito/ian-fu.htm

[ 騙された 1 回目 ]

韓国が 1965 年に日本との間に締結した日韓基本条約の予備交渉の際に、韓国の主張では 7 万 ~ 20 万人もいたとされる従軍慰安婦問題などは、 会議の議題にも上がらなかった

その理由は戦後 20 年も経つのに、そのような事実が韓国社会に存在しなかった証拠である。もしあったならば、反日 イデオロギーに満ちあふれた韓国人が黙っているはずがなかった。

日韓請求権並びに経済協力協定によれば、

第二条

1 項、 両締約国は、両締約国及びその国民( 法人を含む )の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951 年 9 月 8 日に サン ・ フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第 4 条 (a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する

3 項、( 前略 ) その国民に対するすべての請求権であつて同日 ( 1951 年 9 月 8 日 ) 以前に生じた事由に基づくもの ( 100 歩譲って従軍慰安婦問題があったとしても ) に関しては、いかなる主張もすることができないものとする

つまり当時の韓国における国家予算の 50 パーセント ( 朝日新聞記事 ) に相当する、無償 3 億 ドル ( 当時為替 レートで 1,080 億円 )、有償  2 億 ドル ( 720 億円 ) の資金提供により、いかなる理由があろうともすべての請求権を放棄したことは、否定できない事実だが、にもかかわらず韓国は 2 国間の協定を無視して大統領自身が カネ を要求したのである

韓国政府は自国に都合が悪い国際条約や 協定は、いつでも無視できると認識しているのである。

[ 騙された 2回目 ]

平成 5 年 8 月 4 日に河野洋平内閣官房長官が出した、慰安婦関係調査結果発表に関する談話であった。当時の官房副長官で事務方の トップの石原信雄の発言によれば、

第 1 次調査では 従軍慰安婦募集の強制性は見つからず 、韓国政府も当初はそれほどこの問題に積極的ではなかったため、これで収まると思った。( 政府 ) の関与を認めただけでは決着しないと思った。

( 韓国に 16 人の従軍慰安婦の聞き取り調査に ) 行くと決めた時点で ( 募集の強制性を認めるという ) 結論は、ある程度想定されていた。韓国側の要求 により、慰安婦達の名誉が回復されるということで、強制性を認めたんです。

当時外政審議室には毎日のように、元慰安婦や支援団体が押し掛け、泣き叫ぶようなありさまだった。最後まで迷いました。あれは両国関係に配慮してそうしたわけです。 真実よりも 外交的判断を優先 させて、慰安婦の証言だけで結論にもっていった。---批判は覚悟している。

[ 韓国が仕掛けた ワナ 、交換条件 ]
河野官房長官談話が出た平成 5 年 ( 1993 年 ) 8 月 4 日は、すでに細川連立政権の誕生( 8 月 6 日成立 )が決まっていた。

韓国側から持ち出された 慰安婦への 補償はしなくてよい から、日本が慰安婦に 「 強制性 」 つまり素人女性を強制的に売春行為をさせたのを認めるという 「 交換条件 」 が提出された。この ワナ は、日本の将来に 禍根を残す 深い落とし穴 でもあった。

これに宮沢内閣の後に国賊といわれた河野洋平官房長官が飛びついたが、日本外交の大失敗、敗北であった。

[ 騙された、3回目 ]

Ianfu

従軍慰安婦の強制性 ( 売春を強制された点 ) を日本が認めれば 「 補償要求はしない 」 と1993 年に約束しておきながら、今回、李大統領は来日して 恥知らずにも補償を要求し日本大使館前に建てた慰安婦像の撤去に応じないどころか、補償に応じなければ、第 2、第 3 の従軍慰安婦像が建つ旨の 「脅し」 発言をしたが、韓国の要求はこれで済むわけでは決してない

http://homepage3.nifty.com/yoshihito/baishun-fu.htm

対日外交の課題である従軍慰安婦問題の次には 竹島の領有権、在日に対する最初は地方参政権、次には国政参政権付与、歴史認識、つまり歴史の解釈を韓国のいうとおりにせよ などと、韓国が好き放題に要求してくることは目にみえている。

[ 朝鮮人の扱い方 ]

1910 年の朝鮮併合時に、日本政府から朝鮮総督府へ出された通達には、なるほどと思われることが記されていたので紹介する。

1 、朝鮮人は対等の関係を結ぶという概念がないので、常に我々が優越する立場であることを認識させるよう心がけること。

2 、朝鮮人には、 絶対に謝罪してはならない
  勝利と誤認し居丈高(いだけだか)になる気質があり、後日に至るまで金品を強請(ごうせい)するの他、惨禍(さんか)を招く原因となる。

3、 朝鮮人は恩義に感じるということがないため、恩は掛け捨てと思い情を移さぬこと

4、 朝鮮人には裕福温厚なる態度を示してはならない 組し易しと思い強盗詐欺を企てる習癖がある。

5、 朝鮮人は所有の概念について著しく無知であり理解せず、金品等他者の私物を無断借用し返却せざること多し。 殊に日本人を相手とせる窃盗を英雄的行為と考える向き  あり、重々注意せよ。

6、 朝鮮人は虚言を弄(ろう)する習癖があるので絶対に信用せぬこと

                  以下省略

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コメント

こんにちわ

30数年前、今は亡き祖母はよく満州時代の話をしてくれたものですが、中でも忘れられないのが満人や朝鮮人がよく女性を売りに来たという話です。

他にも、外にハシゴなど出しっぱなしにしておいて、よく盗まれたのですが、あるとき品物を持ち去ろうとする現場を見咎めたら「奥さん、外に出しておくのは捨てた。という意味だよ。気をつけな」と返してくれたそうです。
又、戸口が開いていても彼らが勝手に入ってくる事も無かったそうですが、朝鮮人は勝手に入り込み、手近な物を盗んで行くので要注意。
何か手伝いを頼んでも家の中にはシナ人だけを入れるようにしていたが、すぐに後から付いて入ろうとするのをキツく制止しないとならないのよ。などなどでした。

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