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2012年4月 6日 (金)

今回は、自衛隊に文句を付けない沖縄県民

昭和 47 年 ( 1972 年 ) 5 月 15 日に沖縄の施政権が日本に返還されるまでは、日本から当時外国であった沖縄に飛ぶ パイロットは パスポートを持参し、種痘接種の イエロー ・ カード ( 検疫証明書 ) を用意した。

当時は ベトナム戦争の最中であり、沖縄が日本に返還されると、本土から ベトナム反戦を掲げる左翼主義者たちが 大挙して沖縄に行き、県民に反日左翼思想を吹き込んだが、詳しくは下記を クリック。
     http://homepage3.nifty.com/yoshihito/hinomaru.htm#kyozou

翌年には沖縄に自衛隊が駐屯するようになったが、那覇市役所で転入届けを出そうとした自衛隊員の家族は、市役所の転入窓口にいた自治労の職員により、転入手続きを拒否された。

その後も沖縄では自衛隊は目の仇にされて、なにかにつけて嫌がらせを受けたが、制服が似ている海上保安官の友人も被害者の一人であった。最近では尖閣諸島の問題にからんで石垣島 ・ 宮古島などに自衛隊の基地を作る話が出ると、反戦団体 (?) が早速反対声明を出した。

民間航空の ジェット機訓練場として開設されたものの、景気低迷から訓練需要の低下をもたらし、閑古鳥が鳴く下地島訓練飛行場を自衛隊機が共同使用する案についても、早速軍事基地化反対などと主張した。

ところがである、金正恩将軍さまの国が人工衛星 (?) という名前の弾道 ミサイルを打ち上げることになり、これに失敗した場合には沖縄周辺に ミサイルが落下する危険が生じる事態になった。

そこで政府は海上自衛隊の イージス艦 3 隻と共に、陸上自衛隊員 700 人を PAC-3 の迎撃 ミサイルと共に 沖縄本島の 2 カ所と宮古島、石垣島 に既に配備したが、不思議なことに 自衛隊の配備に反対の声は、今回に限り県民の間からは全く聞こえて来ない。

自らの主義主張のためには 生命の危険をも顧みずに 反戦 ・ 反自衛隊主義を貫くという気概など 、沖縄県民には全く無いようで、あるのは後述する 「 カネに対する執着心 」 だけである。

ところで 2 月 27 日に野田首相は沖縄訪問して沖縄県庁で、仲井真 ( なかいま )  県知事と初めて会談 した。

それまで内閣府がまとめた 24 年度予算概算要求の沖縄振興費の総額が 2,437 億円であったが、県は 500 億円の上積みを求め、 総額 3 千億円に増額し 、しかも全額を用途指定をしない 「 一括交付金 」 にして、 1 年間では到底使い切れないので 10 年間にわたり使えるように求めた。

 つまりこの緊縮財政のご時世に、 県民 1 人当たり 21 万円に相当する大金を 交付せよという 「 美味しい 」 話である。

政府の方針に反対すれば するほど、沖縄県に対して 多額の カネ が支出されるという 仕組みは 、2011 年 3 月に 沖縄は 「 ゆすり名人 」 と述べて 米国務省 ・ 日本部長を更迭された ケビン ・ メア の件を思い出させるが、この発言に同意するのは私だけであろうか?。

辞書によれば ゆすり   ( 強請 ) とは、他人を おどして 無理に金銭 ・ 品物を出させることとあった。 沖縄にとって普天間基地の辺野古移転問題は、今後しばらくは 「 カネの成る木 」 であり続ける。

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