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2013年4月29日 (月)

雅子さんが両親に会いに

皇太子妃の雅子さんが皇太子と一緒に オランダ訪問に出発した。安倍首相の ロシア訪問と時期が重なったために、通常は政府専用機 2 機で共に運航するところ、専用機が足りなくなったために皇太子一行の予備の飛行機には、民間機を チャーターすることになった。

大型 ジェット機を 4 月 28  日から 5 月 3 日まで  6 日間 チャーターするとなると、  「 1 億円 」 近くの費用が必要となる。

美容師を連れ、それでも現地で皇太子妃としての責務を 「 まともに果たす 」  のであれば国民は納得できるが、 マスコミ報道によればそうではなく、4 月 29 日の ベアトリックス女王主催の晩餐会には欠席し、4 月 30 日の新国王即位式と王室主催  レセプションにのみに雅子さんは出席し、同じ日の水上 パレードと、 王室主催夕食会 には 負担や体調を考慮して欠席する予定 と報じられている。

それだけではなく、5 月 1 日の 新国王主催の朝食会 も雅子さんは欠席の予定といわれていて、つまり公式行事 6 回のうち 30 日におこなわれる僅か 2 回 の行事しか出席しないのだそうである。

理解しがたいのは雅子さんの信頼が厚い ( 妹 節子さんの夫 の友人 とされる )、精神科担当の大野医師の同行である。10 年間もかかりつけ医として治療に当たり、毎年  「 回復のきざしが見られる 」  と言い続けながら、今年も春の園遊会などの 皇室行事に雅子さんは出席できない状態 であった。 

役立たずの精神科医など同行する理由が、私には理解不能であるが、体調 ( 具体的には精神状態 ) 不良という大野医師の お墨付きをもらい 、前回 2006 年の  非公式 オランダ訪問の時と同様に、 ハーグにある国際司法裁判所の 判事をしている 小和田夫妻との、親子 「 水入らず 」 の日を過ごすのが目的 ではないかと邪推したくなる。

他の医師による セカンド  ・  オピニオンを求めてはどうかの提案に対して皇太子は拒否しているが、雅子さんの病気を治す気が無いのではないかと疑いたくなる。

旅行の主目的である オランダ王室との親善を深める機会を欠席し、外国に行ってまで、私的な目的を優先させる雅子さんの わがまま 「 公私混同 」 に、なんともやりきれない思いを抱くのは私だけであろうか?。

10 年治療を続けても治る見込みのない  「 環境適応障害 」 の患者にとって最善の治療法とは、環境を変えることであろう

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2013年4月12日 (金)

アウンサン・スーチーには要注意

ビルマ ( 現 ・ ミャンマー ) の独立運動家だった アウンサン将軍は、太平洋戦争中に 2 度日本を訪れたことがある。当時 イギリスの植民地だった  ビルマの植民地軍を日本が攻撃する際に、独立を求める アウンサン将軍の指揮する軍隊も日本軍に協力し、 日本も彼等に軍事訓練をほどこした

Aungsan

彼は イギリス植民地からの独立のために 一旦は日本と手を結んだものの、太平洋戦争末期に日本の敗色が濃厚になると、今度は植民地支配者の イギリス側に寝返って, 1945 年 ( 昭和 20 年  )  3 月 27 日に突如日本軍を攻撃した。 「 昨日の友は今日の敵である。」

戦争終了後に  ビルマ ( 現  ・  ミャンマー ) は、再び イギリスの植民地支配下になった。イギリスにとって アウンサン将軍は、 一度は 宗主国に弓を引いた 「 裏切り者 」 でしかない。

彼は 1947 年 ( 昭和 22 年 ) 7 月 19 日に、32 才で イギリスが用意した銃で何者かに暗殺された。スーチーが 2 才の時であった。

ビルマに置けば 「 反英運動 」  の  シンボルになる  1 人娘の スーチーを イギリスは  インドに住まわせ教育を受けさせ、後に  イギリスの庇護の元に置き イギリスに移住させたが、 そこで イギリス人の男と結婚した。

「 イギリス人 」 の アウンサン ・ スー チーが 病気の母を看護するために  ミャンマーに帰国したのは 1988 年のことであったが、その後数回にわたり長期の自宅軟禁を受けた。

Suuchi

彼女の書いた本には イギリス人の コナン ・ ドイルが書いた推理小説 「 シャーロック ・ ホームス 」 や、同じく推理小説作家である イギリス人の アガサ ・ クリスティー には何項目も費やしているのに、イギリス植民地時代に  ビルマ が蒙 った 過酷な植民地支配には 、上下 2 冊の本の中で 僅か  3 行しか書いてない

イギリスによる植民地支配の実態については、下記にある。

こ こ

日本については  アジアの敵 「 ファシスト国家 」 と書くのみで、自宅軟禁が解かれると まず イギリス議会を訪れて忠誠を語り、次に アメリカ議会からお祝に勲章をもらった。

4 月 13 日には 2 度目の来日をするが、恩を仇で返した父親 の遺伝子を受け継ぐこの女の 「 したたかさ 」 も知らずに、 アホ な大学 が名誉博士号を授与するとのこと。 

アジアの敵といわれたのに、日本人の お人良しにもほどがある。

別の見方によれば スー チー は、祖国 ビルマに対して過酷な植民地支配をおこない 父の アウンサン将軍の暗殺を仕組んだ イギリスに住み、イギリス人と結婚して イギリスに忠誠を誓い、30 年近く祖国を離れて暮らした。 顔は ビルマ族だが考え方は アングロサクソンそのものである。

イギリスに背く祖国 ビルマ ( 現 ・ ミャンマー ) を非難し、 「 植民地支配の糾弾 」  運動を潰 ( つぶ ) し、 これまでイギリスの代弁者の役目を果した

スー チーはごく最近  「大統領になりたい。 政治家、党首であれば、次に国家のための構想を実現できる政治権力を手にしたいと望むものだ  」 と単刀直入に表明しているが、彼女がその 旺盛な権勢欲から 低開発国に多い 「 堕落した大統領 」 になりたいのか、あるいは多民族間の融和を図り ミャンマーの近代化を目指し国を発展させるためなのか、よく見定める必要がある。

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