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2014年10月 8日 (水)

米国籍の 中村教授

私が中村修二氏の名前を知ったのは、今回の ノーベル賞受賞の14~5 年前のことであった。徳島の企業  ( 現 ・ 日亜化学工業 ) に勤めていた社員が青い発光 ダイオードの開発 ・ 発明に成功したが、その報酬をめぐり会社を訴えたことであった。

2001 年のこと、当時 社員の発明 ・ 特許は企業の財産 というのが常識で、会社勤めの技術者が受け取る対価は 数千円から数十 万円程度であり、発明時に日亜化学工業が彼に出した 報賞金も僅か 2 万円であった

企業が得た莫大な利益に比べてあまりにも少ない金額に彼は裁判を起こしたが、その結果一審の判決では 200 億円の支払いを日亜化学工業に命じた。しかし会社が控訴した結果、中村氏との間で 8 億円で示談が成立した。

サラリーマン技術者が 「 正当な報酬 」 を求めて会社を相手に裁判を起こすこと自体が驚きを持って受け止められ、企業活動の中での発明という  「 成果の正当な配分のあり方 」 が議論を呼んだ。

その当時社員の発明や特許は企業のものという考えが日本では一般的であり、1957 年 8 月に東京通信工業 ( 現 ・ ソニー )に勤務していた江崎玲於奈 ( れおな ) 氏が発明した江崎 ダイオード [ トンネルダイオード( tunnel diode )] は、東京通信工業 ( 現 ・ ソニー )に莫大な利益をもたらした。

しかし私の記憶が正しければ江崎氏が得たものは、大卒 サラリーマンの初任給の手取りが 1 万円の時代に、数千円の賞与の増額であった。彼は 1973 年に超伝導体内での同じく  トンネル 効果について功績のあった アイヴァー ・ ジェーバーと共に ノーベル物理学賞を受賞した。

中村修二氏は、青色発光 ダイオードの発明対価をめぐり、日本の産業界に一石を投じた先駆者であり、会社の社員が生み出した 「 発明の対価 」 について広く考えさせるきっかけとなった。

Nakamuras

なお中村氏の国籍については、スウェーデン王立科学 アカデミーの プレス リリースによれば 「 U S citizen、米国市民 」 となっているので、米国に帰化したものと思われるが、 日本では イギリスのような二重国籍は、認められていない。

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