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2015年2月13日 (金)

司法は世論を考慮すべきなのか?。

2014年12月5日、ニューヨークの ケネディ ( JFK ) 国際空港から韓国の仁川国際空港に向かう大韓航空 8 6  便 ( エアバス A 380 型機 ) が滑走路へ向かう準備に入ろうとしている時に事件が起きた。

ファースト クラスの座席に搭乗していた大韓航空の趙顕娥 ( チョ ・ ヒョナ  ) 副社長に、客室乗務員が マカダミアナッツ を袋に入れたまま提供したところ、趙副社長が 「 機内 サービスがなっていない 」  と激怒し、客室乗務員に対して 「 今すぐ飛行機から降りろ 」 と指示し、 8 6 便が業界用語でいう  ランプアウト ・ リターン ( Ramp out Return ) する事件が起きた。

もし日本の航空会社の 機長であったなら、客室乗務員の責任者を飛行機から降ろすのではなく、機内の秩序を乱した乗客の 副社長 趙顕娥 ( チョ ・ ヒョナ  ) を、機長権限で降機させたであろう。

その根拠は、 「 航空機内で行なわれた犯罪 その他 ある種の行為に関する条約 」 ( Convention on Offenses and Certain  Other Acts  Committed on Board Aircraft  、 1963 年採択 。日本は 1970 年に締結 ) の別名 東京条約である。

航空機内の犯罪を抑制し、機内秩序を維持することによって国際航空の安全を確保することを目的に定められた条約であり、この目的達成のために 機長へ各種の権限 ( たとえば機内秩序を乱す者を飛行中 身柄拘束や、降機させるなど ) を与えること を主たる内容としている。

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航空保安法違反の罪に問われた趙顕娥 ( チョ ・ ヒョナ  ) 被告に対し、ソウル西部地方裁判所は 2 月 12 日、懲役 1 年の実刑判決を言い渡したが、判決文の中で裁判長は趙被告が当該乗務員を 「 奴隷 」 のように扱ったことで、同乗務員の威厳を「 著しく損なった 」とも指摘した。

客観的にみると実刑とは刑が重すぎるように思うが、 格差社会における特権階級である恵まれ過ぎた 「 財閥の子女 」 に対する、 世論の反感を考慮した判決 と思われる。次に別の事例を挙げる。

昨年 4 月の フェリー沈没事故発生当日、朴大統領が 7  時間所在不明になった。朝鮮日報はその理由が 「 既婚男性との密会である 」 という コラム を掲載した。

この記事を産経新聞の前 ソウル支局長が、日本語で日本の産経 ウエブに書いたところ、韓国の保守系団体が朴大統領を侮辱する記事を書いたとして名誉毀損で告発し、受理した韓国検察は名誉棄損で在宅起訴し、出国禁止処分を 8 回延長したことから、合計半年間出国できない事態になった。

奇妙なことに記事の本家本元の 朝鮮日報には、 「 何のお咎めもなし 」 というのでは納得できない話である。

 たとえ話をすると A と B の二人の男から強姦された女性が、A  ( 朝鮮日報 ) は ハンサム だから許してやるが、不細工な容貌の B ( 産経新聞 ) についてだけ強姦被害を訴えるようなもので、日本の 刑法 177 条, ( 強姦は親告罪 ) では認められない。

つまり もし訴えるのであれば  A  と B  の二名ともであり、不細工な容貌の男だけを訴えることはできない。これは法律の常識である。

今回の二つの事例は、法と証拠に基づき起訴し裁判をするのではなく 、それ以外の要素 、つまり世論の動向を考慮しそれに  「 おもねる 」  (  へつらう  ) という 韓国における司法の前近代的な未熟さと 欠陥を露呈する事態となった。

それにつけて思い出させるのが大津事件である。

[ 大津事件とは ]

ロシアの皇太子 ニコライ 二世が 1891 年 ( 明治 24 年 ) 4 月 27 日から 5 月 19 日まで訪日し滞在したが、5 月 11 日に事件は起きた。滋賀県大津市内で人力車で通行中のニコライ二世皇太子の警護をしていた巡査 ・ 津田三蔵が皇太子に サーベルで斬りかったのだ。 写真は長崎市内のもの。

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津田はすぐに取り押さえられ、皇太子も顔に怪我をしただけで命に別状は無かった。当時、日本は近代化して間もない弱小国、ロシアは世界最強 クラスの大帝国で、まさに国力の差は歴然としていた。

皇太子の身に何かがあれば、日本など簡単に侵略され植民地とされてしまう。そんな緊張が日本中を包んでいたので、明治天皇はわざわざ神戸に行き ニコライ 二世皇太子を見舞ったほどであった。問題となったのは、犯人である津田三蔵に対する処罰である。

明治政府は津田に対して本来 日本の皇室に対する罪である刑法 116 条の 大逆罪、  「 天皇、三后  [ さんこう、太皇太后 ( たいこうたいごう ) ・ 皇太后 ・ 皇后 ]  、皇太子に危害を加え、または加えようとした者は死刑に処す 」  を適用し、死刑にすべきであると主張した。

死刑にしなければ日本は ロシアの植民地にされてしまうという主張からであった。

これに対し、大審院 ( 今の最高裁判所 ) の院長であった児島惟謙 ( こじま これたか ) は法治主義の遵守を主張し、法律を曲げて裁判をすることこそが欧米に日本が法治国家ではなく未開の国とみなされる原因になるとして、通常の謀殺未遂罪 ( 刑法 292 条 ) を適用することにした。

写真は行政の干渉を排除し、司法の独立を守った偉人 児島惟謙 ( こじま これたか )の銅像。

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全世界が大津事件の裁判に注目したが、津田は有罪となりその最高刑である無期徒刑 ( 無期懲役 ) に処された。

三権分立が制度的に確立していたため、大審院院長という児島の地位と主張は、政府といえども覆せなかったのがその理由であったが、日露戦争 ( 1904 年 ) が始まる 13 年前のことであった。

ひるがえって韓国では財閥や金持ち連中が罪を犯しても未だに ワイロで刑が軽くなり ( 有銭無罪 )、しかも恩赦 ( おんしゃ ) をうける機会が多いといわれている。日本に生まれて良かったと私は思う。

2015年2月10日 (火)

危険な11分間、台湾の飛行機墜落事故

2015 年 2 月 4 日10:56 ( 台湾標準時、日本時間11:56 ) 、58 人が乗った 台湾の トランスアジア航空 235 便が、台湾北部の台北松山空港を離陸し金門島の金門空港に向かおうとしたが、離陸直後に エンジンが故障したために、台北市南港区の基隆河に墜落した。

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今から 30 年近く前のこと、世界の飛行機事故の 74 パーセント 着陸前の 8 分間、離陸直後の 3 分間、つまり離着陸時の 11 分間に起きるという航空機事故の調査結果が発表された。

パイロットであれば誰もが知っている、クリティカル イレブン ミニッツ ( Critical Eleven minutes、 危険な 11 分間   ) という言葉である。

http://www.hey.ne.jp/~ok/jumon.htm#buriifu

もしこの 11 分間に  エンジンなどに故障が起きたらどうするのか?。機長は 「 安全に飛ぶこと 」 が第一であり、トラブル・シューティング( troubleshooting、故障に対する処置 )は 二の次にするのが 鉄則である

民間航空会社の機長は 6 ヶ月ごとに、副操縦士は 1 年ごとに フライト  ・  シミュレーター (  Flight Simulator  、 模擬飛行装置 ) を使用して、実機と変わらぬ操縦技量  知識の審査を受けるが、その審査項目には 離陸直前 ・ 直後の エンジン故障が必ず含まれる

写真は 6 軸の自由度を持つ フライト ・ シミュレーター  で、操縦席と全く同じ計器 ・ 装置を配列し室内のパイロットの操縦桿の動きに合わせて計器示度も変化するが、上昇降下旋回の際に シミュレーターも同様な動きを体に伝える。

操縦席の後方には教官席があり各種緊急事態の発生を、飛行計器 ・ エンジン計器などに表示させるようになっている。これ以外にもたとえば電気系統の火災の想定には、操縦室内に人体に無害な煙が発生する シミュレーターもある。

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さらに上空での油圧系統の故障 ・ エンジン火災 ・ 客室の与圧喪失による緊急降下 ・  50  パーセント以上の エンジン出力喪失 ( 双発機であれば、一つの エンジン故障、3 発機であれば 二つの エンジン故障 ) などの事態が想定され、この状態で安全に着陸できなければ審査は不合格となり、機長資格を失う事態になりかねない。

トランスアジア 航空 235 便について報道された下記の録音の様子から、C V R ( Cockpit Voice Recorder 、操縦室内の会話、無線交信を記録した ) ブラックボックス内の記録と思われる。時間は 4 日 現地時間。

10 時 41 分 14 秒
記録開始

10 時 51 分 13 秒
松山空港管制塔が離陸を許可

10時 52 分  38 秒
操縦室内で失速警報音が鳴る。離陸後5秒後の警告だった。同時に主要警告音が鳴る。

10時 52 分 4 3 秒
搭乗員が 第 1  エンジンの停止に言及

10 時 53 分 0 0秒
第 1  エンジン再始動のための会話

10 時 53 分 07 秒
搭乗員が 第 2 エンジンの停止に言及

10 時 53 分 12 秒
最初の失速警告音

10 時 53 分 34 秒
乗組員が松山空港の管制塔にメーデー ( 緊急事態発生 ) を宣言。救助を求め エンジン停止も告げる。

10 時 54 分 09 秒
搭乗員が何度も 「 エンジン再始動 」 と叫ぶ

10 時 54 分 34 秒
操縦室内に再び警告音。0.4 秒後に不明な音

10 時 54 分 36 秒
飛行記録が停止。

推定される事故原因

管制塔の離陸許可から墜落まで 3 分 22 秒であった。事故原因の可能性としては右 エンジン ( 第 2 エンジン ) が故障したのに、機長が エンジン の出力計器を チェック せずに  生きている左 エンジン ( 第 1 エンジン )  を停止させてしまい、その過ちに気付き 左 エンジン ( 第 1 エンジン ) の再始動を試みた可能性が極めて高い。

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ちなみに

離陸直後にエンジンが故障した場合でも、火災が発生しない限り急いで エンジンを停止させる必要はなく 、繰り返し述べるが  フライ ・ ファースト  ( Fly First 、安全に飛行を続けること )  が第一である

エンジン出力の左右不均衡を方向舵の トリム ( Rudder Trim、垂直舵の釣り合い ) で修正し、飛行姿勢を安定させた後に 副操縦士と共に故障した エンジンを確認し、シャット ダウン ( Shut Down、停止  ) 操作をすべきであった。

狼狽 ( ろうばい、あわてふためくこと ) した機長 廖 建宗 ( リャオ ・ ジエンゾン ) の、危険な 11 分間における エンジン停止の操作 ミスにより、正常な エンジンを停止させたことが大惨事を招いた

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