[ パク クネ の腰 くだけ ]
それまでは 「 従軍慰安婦の問題で韓国が納得する謝罪と補償をしなければ首脳会談には応じない 」 と 主張し、2 年 8 ヶ月にわたり安倍首相との会談を拒否し続けてきた韓国の パク クネ が、11 月 2 日に安倍首相と初めて韓国の大統領府で会談した。
正確に言えば韓国を取り巻く国外 ・ 国内事情から会わざるを得なくなったからである。
中国の対日戦勝 (?)70 周年軍事 パレード 出席にみられる対中接近姿勢に対する米国政府の不快感 ・ ウオン 高がもたらした国内経済の悪化 ・ TPP ( 環太平洋経済連携協定 ) 参加への決断の遅れがもたらした経済の先行き不安 ・ それを補うための 「 韓 ・ 中 ・ 日 」 の間での FTA ( 自由貿易協定 )締結の必要性などが起きた。
そこで 「 背に腹は代えられない」 ( 大事なことのためには、他のことを犠牲にするのはやむを得ないとするたとえ ) から、従軍慰安婦問題の前提条件などはさて置いて、やむなく安倍首相と会談することになった。
https://www.youtube.com/watch?v=nfOlCYtKfFY
会談では韓国が慰安婦に対する更なる謝罪と補償を要求したのに対して、安倍首相は 1965 年に締結 した日韓請求権 ・ 経済協力協定に基づき、当時の韓国の国家予算の約 2 年分 ( 読売新聞記事 ) に相当する 5 億 ドル [ 無償 3 億 ドル 、有償( 借款 ) 2 億 ドル ] を支払い、賠償問題は完全かつ最終的に解決したと明記してあることを理由に拒否した。
日本側には昼食を出さず、そのため会議終了後に日本側は市内の焼き肉店で食事をとったが、中国の首相には夕食会を セット した。これが韓国側にとって日本に対するせめてもの 「 腹いせ 」であった。
[ これまで中 ・ 韓に 38 回も謝罪した日本 ]
まず下記のブログを読んで頂こう
http://good-old-days.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-75a4.html
日本の韓国に対する謝罪の歴史の要点を述べると、
1.1992 年1月 韓国を訪問した首相の宮沢喜一が首脳会談で 8 回も謝罪した。
2.1993 年 3 月 大統領の金泳三 ( キン エイサン ) は、 「従軍慰安婦問題に対し日本に物質的な補償は求めない方針だ 」 と言明。 ( 河野談話を出せば賠償は求めないと約束 )
3.1998 年10月 大統領の金大中 ( キンダイチュウ ) は、 「 韓国政府は過去の問題を持ち出さないようにしたい。 自分が責任を持つ 」 と明言。
小渕恵三首相と金大中が日韓共同宣言を出 し、小渕首相は過去の歴史について反省とお詫びを述べた。
これに対し金大中は 「謝罪は 一度でいい」 と述べて、二度と過去の問題を蒸し返さないと述べた。
4.2006 年 4 月 大統領の盧武鉉 ( ノ テ ウ ) は、「日本にこれ以上の新たな謝罪を求めない 」 と言明。
5.2008年1月 大統領の李明博 ( イ ミョンバク ) 「 日本に謝罪と反省は求めない」 と言明。
6.2009 年 8 月 対日補償要求は終了したと 韓国政府が公式見解。
7.2015 年 6 月 ユン 外相 「 明確に解決できれば、再び論じる理由はない 」 と 新たな ゴール ・ ポスト を設置。
韓国はその得意技である 「政府間の合意を覆し、政権が代わるたびに問題を蒸し返す」、いわゆる ムービング ・ ゴールポスト ( Moving the Goal-posts ) をこれまで何度も繰り返してきた。
「 謝罪すれば終わりにする 」 と言って ゴール を設定しておきながら、日本が謝罪すると次には 「日本が認めたのだから、今度は賠償しろ!」 と ゴール ポスト を勝手に移動する 卑劣なやり方には、大多数の日本人は うんざりしている。
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