相撲の話 ( そ の 4 )
すもう の語源
「 す も う 」 と言う 言葉 は 「 争 ( あらそ ) う 」、「 抵抗 する 」 意味の 動詞 である 「 すまふ 」 に由来 すると考えられて いる。
「 すま ふ 」 の 連用形 である 「 す ま ひ 」 が 名詞 と して 用 いられ、これに 漢字 の 「 相 撲 」 の 表記 が 当 てられたもので、古 く は 「 す ま い 」 と 発音 された。 相 撲 を とる 人 は 相 撲 人 ( す ま い び と )、も し く は 単 に 相 撲 ( す ま い ) と呼 ばれた。
「 す ま ひ 」 か ら 「 す も う 」 に変化 したのは、室町時代 と い われて いる。
和歌山市の 井辺 八幡山 古墳 ( い ん べ は ち ま ん や ま こ ふ ん ) から出土 した力士の 埴 輪 ( は に わ ) 、古代 ( 六世紀 初め 頃 ) の力士像、裸 に フ ン ド シ 。
江戸時代 になると 「 相 撲 」 のことを 「 角 力 」、「 角 觗 」、 「 角 抵 」 など、さまざまな 表記 が されるようになった。 「 角 」 の文字には 「 比 べ る 」、「 競 う 」 などの 意味 があり、現代でも 「 相 撲 界 」 を 角 界 ( か く か い ) とか、「 相撲を見るのが好きな人 」 を 好 角 家 ( こ う か く か ) などと呼ぶ。
相撲はいつから国技と呼ばれたのか ?
相撲 が 「日 本 の 国 技 」 と 呼ばれるようになったのは、明治 4 2 年 ( 1909 年 ) のことであった。
東京 両国の 回 向 院 ( え こ う い ん ) の 境内 に 新 し く 相 撲 館 が 完 成 した 際 に、ある作家が 起草 した 開 館 披 露 文 ( か い か ん ひ ろ う ぶ ん ) に、「そもそも 相撲 は 日 本 の 国 技 に し て ---」
という 一節があるのに 着目 した 某 年寄 り ( 相 撲 関 係 者 ) が、館 名 と し て 「 国 技 館 」 を提案 し、それが 認 められたと いわれている。
そこから 相 撲 を 「 国 技 」 と 呼 ぶようになった。つまり 「 相 撲 が 国 技 になった ? 」 の は、制度的 な 根 拠 が あった わけではな く、せいぜい109 年前 からで あった。
現在の国技館
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